1人目のゲスト 加藤 鷹さん

伝説のAV男優 加藤 鷹さんをお迎えして いろいろ教えてもらいました。

Profile

加藤 鷹(かとう たか)

1959年5月1日生まれ。

秋田県出身。秋田商業高校卒。

高校卒業後、日立に入社。

 

営業職での能力が高く評価され、

ヘッドハンティングされビューホテルに転職。

将来が約束されていたにも関わらず退職。

 

28歳の時、秋田から上京。

             

1988年、AV男優としてデビュー。秘技「ゴールドフィンガー」を編み出し、

26年間アダルトビデオ業界で活躍する。出演したアダルトビデオは10000本を優に超え、

共演した女優は8000人にも及ぶ。

しかし、2013年、惜しまれつつもAV男優を卒業!

現在はタレント活動以外にも書籍を執筆やプロデューサーとして活躍中。

無類の車好き。子供のころには交通量を調査し車のナンバープレートを記録するほど。

これまでに車にかけた費用は1億円!

鷹さんの1回目は『加藤鷹が故郷の秋田から東京に出てきた理由!』

加藤 鷹さんとのトーク ダイジェスト

配信のダイジェストPVです。

加藤鷹さんとヨウメイ

加藤鷹、AV男優を引退!2013年、思わぬニュースを目にした。

鷹さんが引退!?AV男優 加藤鷹。

30代の男性なら誰もが一度はビデオで見たことのあるAV男優である。

 

鷹さんとの出会いは中学生の頃に戻る。

その当時、関西では毎週土曜の深夜サンテレビで「おとなのえほん」という番組が放送されていた。

ちょっとエッチな番組で深夜12時ごろに必ず最新のAV情報がダイジェストで流れていた。

当時、家にはテレビが1台しかなく、親が寝たのを確認してからテレビの電源を入れ

番組の放送を見ていた。

確か3本のビデオがダイジェストで紹介されるので1本のビデオが紹介される時間が1分程度だったと思う。

そのAV情報コーナーで紹介されるアダルトビデオの中に鷹さんが登場していた。

何かのセリフをしゃべりながら共演しているAV女優の胸を触っている鷹さん。

なんなんだこの男優さん!顔もよくカッコいいではないか!

 

ただAV男優として好きになれなかった。

どちらかといえば嫌いなAV男優であった。

 

というのはカッコいい鷹さんが綺麗な女優さんと共演しやりたい放題やっている。

ただうらやましかった。ブサイク村出身の僻みである。

 

それとAV男優という職業に偏見があり一人の人として見ていなかったと思う。

 

大嫌いだった鷹さんを見る目が変わる事件が起こった!

それは鷹さんと並び人気のあったAV男優、チョコボール向井さんがプロレスラーに転向したときである。

向井さんがリングに上がった時、スタンドで応援している鷹さんの姿があった。

 

その時のインタビューで鷹さんが

「AV男優って職業は他に何もできないので、身内が頑張っている時は応援したいと思います。」と応えていた。

その時の表情がとても優しかった。

 

ああ、鷹さんてAVでやりたい放題やっているが、本当はいい人なんだということが

映像を通してではあったがわかった。

 

それからはどこかでお会いしてお話を伺ってみたいと思っていた。

 

そして、鷹さんがAV男優を卒業!これは是非とも話を聞かなければと思い、

まったく面識はないにも関わらず企画書を作成し鷹さんに送った。

 

出演してもらう為に企画書を送って1週間。全く何の連絡もなかった。

当たり前である。知らないおっさんから会ってほしいと連絡をよこされて、

ホイホイ出てくるタレントがどこにいるか!

 

これは無理だなと思いあきらめていた。

 

突然、知らぬ番号からSMSで連絡が来た。

 

「連絡をください。加藤鷹」と。

 

すぐに連絡をし、出演依頼を説明する。

 

「個人メディアを始めようと思っているんですが、鷹さんに是非、出演してほしいです。

ただちょっと予算が…」

 

「イイですよ。

こちらは、取材したい日程だけ分かれば(アバウトでOK)。

連絡おまちしてます。加藤鷹。」

 

鷹さんから取材の許可が出た。

 

神様、いや鷹さんが微笑みかかけてくれた。

 

これは下手をうつことことができない。

取材日程を約束する。問題は音声を収録する場所である。

よく行くカフェに連絡をし事情を説明すると

快く場所を提供してくれることに。

 

後は鷹さんが来られた時の車の駐車場の確保だけである。

インターネットで調べるとお店の近所に駐車場発見!

これで準備は万端!

あとは鷹さんを取材日にお迎えする準備は整った。

 

取材日当日。約束の時間15分前に待ち合わせの喫茶店へ到着。

鷹さんのことだからもしかして30分前には到着されているのではないかとドキドキだった。

 

次は駐車場の確保である。事前にお伝えした駐車場の前にて鷹さんを待つ。

するとそこへ向こうの方からレクサスがやって来る。しかも改造しててカッコいい。

 

フロントガラス越しに鷹さんの姿が!

一挙に体に緊張が走る。

 

駐車場に車を停め、降りてくる鷹さん。

 

取材に臨むにあたってインターネットで鷹さんの履歴は調べた。

鷹さんの著書は全く読まなかったかわりに、鷹さんの出演されていたビデオを10本見て研究はしてきていた。

 

しかし、鷹さんに挨拶した途端全てが頭の中からふっとんだ!

 

そして鷹さんから思わぬ一言が、

「駐車場あっちの方が近くない?」とつっこまれる。

 

店の方をみるとその先に新たな駐車場が!距離にして50mの違い。

いきなりずっこける

カフェに案内し、席につくと鷹さん珈琲を注文!

 

その時のヨウメイの頭の中は真っ白!

 

そんな状況でトークがスタート!

 

配信はこちらから

加藤 鷹さん 1回目

加藤鷹さん 配信2回目「鷹さんが上京してAV男優になった理由」

加藤鷹さんとヨウメイ2

 

 

「始めまして、福岡ヨウメイと申します。よろしくお願いします。」

 

 

ヨウメイは鷹さんをビデオで研究したこともあって知ってはいるが、

鷹さんは送った企画書上のヨウメイしか知らない。

いやそれすらもちゃんと見て頂いたかどうかもわからない。

 

 

あこがれの人を目の前にし、ドキドキしながら名刺を差し出すと、

 

 

「加藤鷹です。よろしくお願いします。」

 

 

家に立てこもり中のヨウメイにとても紳士的に応対してくれる鷹さん。

 

 

コーヒーを注文し、タバコに火をつける伝説の元AV男優。

 

 

これが数々の伝説を創ったゴールドフィンガーか!

と思い手元を見ていたら鷹さんがこっちを見ている。

 

 

早く次のことを言わなければと思うが、

頭の中は真っ白になっているヨウメイはとりあえず、

配信番組の内容とインタビューで聴く事を確認しようとした。

 

すると

 

「聞きながら収録した方がいいんじゃない?」

 

 

早速、鷹さんからプレッシャーをかけられる。

 

 

 

待たせるわけにはいかないので、すぐにと収録する為のマイクを準備する。

 

 

店内には、20代と思われる若いカップルと初老を迎えようとする夫婦がいた。

 

 

ここで、これから普段聞き慣れないとんでもない会話が隣で交わされると思っていなかっただろう。

 

 

一瞬、これから鷹さんのおもしろい話しをお伺いしてよいのかどうか迷ったが、

聴かなければお時間を頂いた意味が無い。

 

 

 

「準備できました!!!!よろしくお願いします!!!」

 

店内にいる、カップルと夫婦が何事かとこちらを見ている。

カップル達がこの後、気まずくなるかはヨウメイには知る由もない。


絶対に鷹さんのインタビューを収録し配信しなければならないという

ミッションがたかっしーから課せられているのである。

 

 

インタビューを始める前からいろいろなことに追い込まれたヨウメイは

すぐに収録を始めることにする。

 

 

まずは鷹さんのことを紹介しようと思うが、緊張のあまり言葉をかみまくる。

 

 

本番に弱いヨウメイがここでも登場する。

 

 

普段、会話しているのにはどうってことはないのだが、収録して配信するとなると

ひときわ緊張する。

 

 

それに、なんと言っても自分の声を音声で聞くのが

嫌であった。収録した音声を聞くと変な声と滑舌だなと思い込んでいるからである。

 

 

自分でしゃべり、NGを連発する。5回目でうまく行ったので

そのまま、収録に入った。

 

 

しかし、やはりかんでいた。

 

 

鷹さんに自己紹介して頂くように話を振ると

 

「加藤鷹です。自己紹介だと普通女の子だと、スリーサイズは上から何センチとか

 言うのかもしれませんが、ないです。」

 

 

緊張してガチガチのヨウメイを気遣ってボケてくれる加藤鷹さん。

 

 

いきなり、鷹さんと呼ぶのも失礼だったので、

恐る恐る聴いてみた。

 

 

「加藤さん? 鷹さん?なんとお呼びすればよろしいでしょうか?」

 

 

「加藤さんと呼ぶ人あまりいないからね、鷹さんでいいよ」

 

 

「分かりました。鷹さんと呼ばせて頂きます!!!!」

 

 

「それでは加藤さん、聴きたい事があるんですが

 

 

と言うだけいっぱいいっぱいのヨウメイである

 

 

 

どうしても、鷹さんに聴かなければならない事があった。

 

 

どうして、見ず知らずのおっさんが立ち上げた配信番組に

鷹さんが出てくれるのか?

 

 

素直に聴いてみた。

 

「どうして鷹さん、めちゃくちゃな企画書をご覧になって

 ご出演して頂く気になったんですか?」

 

「そもそも、断る理由があるのかな?

 断る理由がなければ仕事は何でも受けるよ。」

 

ほんまですか!? 

 

見習うべき仕事に対する姿勢だと思った。

 

 

ちなみにヨウメイが鷹さんにオファーした時のギャラは○円である

 

 

それにも関わらず、快諾して頂きわざわざどあほのために

時間をさいてくれているのである。

 

 

鷹さんのインタビューができる事が決まった時、やまさんに嬉しさのあまり報告した。

その時言われたのが、

 

「鷹さんに出演頂くにあたり、見合うだけのギャラを払えるメデイアに

せんとあかんよ。」と

 

 

鷹さんにインタビューをしていてふと言われた事を思い出した。

ニートならぬ家に立てこもりからの脱出を目指して始めた企画ではあった。

 

 

鷹さん本当にありがとうございます。と素直にそう思った。

 

 

時間をいただいたのだから聴きたいことを鷹さんに

すべて聴かなければならない。

 

 

繰り返しになるが、鷹さんの出演されているアダルトビデオは10本は

見てきていた。

しかし、執筆されている書籍は全く読んできていない!!!!

 

 

まずはAV業界に入るきっかけについて伺う事にした。

 

「話すと、長いよ(笑)」

 

 

鷹さんが語りだしてくれた。

 

 

高校卒業後、秋田で営業の仕事に就いていたという鷹さん。

 

 

差し支えなければ会社名を教えて下さいと聴いたら。

 

この~木なんの木、気になる木の日立に4年も勤められていた。

 

めっさ一流企業である。

 

 

誰もが入社したいと思うような会社に勤められていてどうして、

辞める必要があったのか?

 

 

辞めたきっかけを聴くと、営業の能力が高く評価され、ホテル業界から

ヘッドハンティングされ給料も良かったので転職を決めたとのこと。

 

 

鷹さんが営業職に就いていたいう事にとても驚かされた。

と同時に、ビデオの中での鷹さんトークは営業の時に習得されたものかと

ちょっと納得もした。

 

 

しかし、20年前にビデオでみた鷹さんのイメージからはとてもサラリーマンを

8年もされていたようなイメージはなかった。

出演されている映像のなかでは他を寄せ付けずとんがっているイメージしかなかった。

どちらかというとヤンキーのお兄ちゃんというイメージがあった。

 

 

そして、28歳の時に秋田を離れたいという思いで東京へ出てくることを決めた鷹さん。

特に何かをしたいという夢もなく、無一文で東京へ出てくる。

 

ただ、上京する時に決めていたことが2つあった。

それは、東京でやりたくないこと。

秋田で経験していた営業の仕事と、飲み屋の仕事である。

秋田でもできることは東京ではどうしてもやりたくない。

そう決めての上京であった。

 

 

ここで鷹さんからヨウメイに突き刺さる一言が!

 

 

「東京に目標を持ってやってくる人がつぶれる人なんだよ。」

 

 

ヨウメイも夢を持って出て来たうちのひとりである。

短大に行っていた時、この先何をしてよいのか全く分からなかった時に、

たまたま友人が制作した自主制作映画を見た。

その映画は高校生たちが集まり、大阪の南港でダンスしているだけの映像であったが

なんて楽しそうにしているんだと思った。

 

 

それで映画を創ってみたいという単純な目標だけで映像業界で仕事を探した。

そして、早くも先行きに不安を感じ迷ってしまい家に立てこもってしまったヨウメイである。

 

 

次を探すにしても、これまで映像業界にいたこともあり他のことはできないのでは

ないかという思いがあった。

 

 

素直に鷹さんにこう思っていることを話すと、

 

「バイトすりゃいいんだよバイト。なんかで働いてりゃいいんだよ

 

 働かざるもの食うべからずですよ。

 

 もともとこういうのじゃないとできないなんて行っている奴は

 ダメな奴で食えてないからファーストフードで働いてますでいいじゃん。

 

 こういうのじゃないとできないと言っている奴は就職してもいい仕事は

 できないよ。」

 

 

しょうもない見栄とかがあったので次ぎに進めていなかったことに

気づかされたヨウメイであった。

 

 

上京して来た時、借金がありそれを返済するためにバイト先に交渉し

1日16時間も働いたという鷹さん。

 

東京で生活していくにはとにかくお金がかかり、親に借金をして無理くり出て来たので

助けてくれと頼むのは絶対に嫌だった。

 

だから、仕事でできることは何でもやったという。

AV業界の一線で活躍されているイメージしかなかったので

何故、そこ迄して働いたのかを伺ったら、

 

「これまで、日本を成長させてきたのは世のお父さんたちが

 寝ずに働いてきたおかげで、それがあるから今の日本がある」

 

鷹さんの言葉に重みを感じる。

やりたいことがあれば何でもいいから働くことが大事なんだと

またまた教えられるヨウメイ。

 

 

鷹さんから教えてもらうことまだまだいっぱいあるなと思っていたらここで思わぬトラブルが発生する。

 

音声レコーダーの収録残量があと30分を表示している。

 

たかっしーに頼み込み、企画を立ち上げた時に購入してもらった音声レコーダーだったが

前の収録音声を消していなかったためにSDカードが一杯になりかけていたのである。

 

鷹さんから聴かなければならないことは多くある。

 

どうするヨウメイ…

配信はこちらから

加藤 鷹さん2回目 前半_1 (15分)

加藤 鷹さん2回目 前半_2 (22分)

加藤 鷹さん2回目 後半_1 (15分)

スマートフォン用 後半_2 (17分)

今後のゲスト予定

これからも魅力的な人にお話を聞いてきます!

好評配信中 

 

 

画像のクリックで配信ページに移動します

1人目のゲスト 加藤 鷹さん

 

1人目のゲスト 加藤 鷹さん

 

Profile

 

加藤 鷹 (Katou Taka)

 

1959年5月1日生まれ。

秋田県出身。

 

秋田商業高校卒。

2013年、惜しまれつつも卒業した

AV男優!

 

26年間アダルトビデオ業界で活躍し

出演したアダルトビデオは

10000本を優に超え、

共演した女優は8000人にも及ぶ。

 

2人目のゲスト 大原研二さん

 

Profile

 

大原 研二(Ohara Kenji)

 

1975年5月18日生まれ。福島県出身。

 

大学卒業後に演劇に目覚め小劇場を中心に役者としての活動を開始。

役者、脚本家、演出など多方面で活躍。

 

 

北野武監督「アウトレイジ」に加瀬亮さん演じる大友組 石原の舎弟役として出演。

 

3人目のゲスト 

多摩川のロビンソンクルソー

ろびんそんさん

 

Profile 

 

 ろびんそん (Robinson 仮名)


1940年6月10日生まれ。

秋田県出身。

某有名コンピューター会社を退社後、

次の住居として選んだのが多摩川河川敷。

 

 

 

坂口恭平氏の著書「ゼロから始める都市型狩猟生活」にも登場するカリスマ0円生活者!

 

 

4人目のゲスト 

月花(Tsukika)さん

 

Profile

 

12月21日生まれ。福岡県出身。O型。

 

博多に住んでいたころに女王様になる。

出会ったお客さんの数は1万人を超える。

 

98年、女王様を引退。 

 映像作家、監督、タレント、舞台プロデュース、マンガ原作など多才な顔を持つを

マルチクリエイター。

 

ファンからの呼び名は「残虐天使」。

 

 

月花さんHP

 

http://www.tsukika.org/

 

5人目のゲスト 

ドクタークラレさん

 

Profile

 

4月1日生まれ。 京都府出身。

血液型B型。

 

爆笑秘密結社「薬理凶室」の室長。

 

通巻15万部以上のベストセラー理系書

『図解アリエナイ理科ノ教科書』(略称:ア理科)シリーズを執筆。

 

 

生物化学分野の才能に突出しており、特殊な事件での捜査協力、またドラマやイベントなどの監修企画にも携わる。 

くられさんのWEBサイト 

 

 

https://www.cl20.jp/portal/

 

6人目のゲストは

ローリング内沢(Rolling Uchizawa)さん

 

Profile

 1970年生まれ。  東京都出身。

ライター、編集者、コラムニスト、ゲーム批評家。

 ゲーム情報誌「週刊ファミ通」の編集者を経て、

2000年4月よりフリーのライターとして活動。

 

ライターの講師やクラブイベントのプロデューサーとしても活躍中!

 

7人目のゲストは中野昭慶監督

 

Profile

 

 1935年10月9日 生まれ 

満州安東県出身。

 日本を代表する特技監督。

 

 代表作

「日本沈没」「ゴジラ(1984)」

「メカゴジラの逆襲」など

 

円谷英二氏に師事する。

東宝の3代目の特技監督に就任する。

 

 

「爆破の中野」と呼ばれるほど、大量の火薬を使用した映像は必見である。

 

著書 「特技監督 中野昭慶」 発売中!

9人目のゲストは

シェルパ斉藤さん

 

Profile

 

 1961325日生まれ

 長野県出身

 バックパッカー、紀行作家、

様々な手段で地球を旅する自由型の旅人。

 

現在は山梨県の八ヶ岳山麓で田舎暮らしを楽しみつつ、国内外の旅に明け暮れる。

カフェTeam Sherpaのオーナー。 

小学館のアウトドア雑誌「ビーパル」で好評連載中の人気作家。

 

  

ホームページ 

 

http://www.eps4.comlink.ne.jp/~sherpa/

 

10人目のゲストは

風船太郎さん

 

Profile

 

 

 

1968713日生まれ。

 

岐阜県出身。

大道芸人 バルーンパフォーマー。

 

静岡大学工学部機械工学科に進学。

 

  2005年に有限会社風船太郎を設立。

 バルーンパフォーマーとして愛車の風船太郎号で全国の保育園や幼稚園をまわる。

 

 

 

バルーンショーの予約は

 風船太郎さんのホームページから

 

http://www.2000taro.com/

 

 

11人目のゲストは

岡崎弥生さん

Profile

 

3月28日生まれ

 

和歌山県出身

 

 

声優・ナレーター・MCとして、イベント、

コンサート、テレビ・CMで活躍中。

  

そして、岡崎さんにはある秘密が…

 

12人目のゲストは

藤原喜明組長。

Profile

 

 

1949年 4月27日生まれ

岩手県出身。

プロレスラー

学校法人日本医科学総合学院理事長。

俳優、声優、タレント、エッセイストとしても活躍中。

陶芸、盆栽、イラスト等の特技も多彩。

人気テレビゲーム「龍が如く」シリーズでは伝説の情報屋「サイの花屋」役として

レギュラー出演中。

 

藤原組長ホームページ

 

https://www.fujiwarakumicyou.com/    

 

 

 

 

13人目のゲストは

ホーキング青山さん。

 

Profile

 1973127日生まれ

 お笑い芸人、作家、俳優。

『訪問介護事業所ENJOY』オーナー。

 

先天性多発性関節拘縮症のため、

生まれたときから両手両足が使えない。

お笑い好きが興じて19946月に大川興業主催の若手芸人コンテスト『すっとこどっこい』で、

 "史上初の身体障害者のお笑い芸人" 「ホーキング青山」としてデビュー。

  

 ホーキング青山さんホームページ

 

http://www.hawkingaoyama.com/

 

 

14人目のゲストは

福本清三さん。

 

profile

1943年2月3日生まれ。兵庫県出身。俳優。 斬られ役人生50年以上。

通称 5万回斬られた男。

15歳で東映京都撮影所入社。

 撮影所所属の大部屋俳優となる。

 斬られ役としての演技が注目を集める。

 定年間近の60歳のとき、ハリウッド映画「ラストサムライ」に出演。

 70歳で初主演した映画「太秦ライムライト」は第18回ファンタジア国際映画祭で日本人初となる最優秀主演男優賞を受賞。

 

  

 

「東映剣会公式ページ」

 

http://www.toei-kyoto.com/ 

 

 

15人目のゲストは映画・ドキュメンタリーのカメラマン、映画監督の山崎 裕さん。 

profile

 

山崎 裕(やまざき ゆたか) 

 

 

1940年 生まれ。 

 

 

 

東京都出身。

 

 

 

 

日本大学芸術学部映画学科卒。

 

 

 

カメラマン、ディレクター、プロデューサー

 

映画監督、撮影監督。

 

 

 

株式会社ドキュメンタリージャパン代表取締役。

 

 

株式会社いちまるよん代表取締役。

 

  

 

 

高校の時、脚本が書けないと映画監督になれないことを知り、

 

 

日本大学芸術学部映画学科に進学することを決める。

   

 

1960年、安保闘争のとき、

記録映画『19606 月安保への怒り』の撮影を担当する。

 

 

 

1964年、「日本の華 肉筆浮世総」で

 

フイルムカメラマンとしてデビュー。

 

 

1988年、是枝裕和監督の「ワンダフルライフ」で

劇場用映画の撮影を担当する。

 

 

 

 

以降、ドキュメンタリー映画から劇場映画の撮影監督を努める。

 

 

 

 

70歳で劇場映画「Torso トルソ」を自らが監督、撮影を行う。

 

 

 

 

2010年 から「座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル」の

プログラムディレクターも務める。

 

 

 

 

 

16人目のゲストは気功太極拳普及協会 理事長、師範の山田充宏さん。 

profile

 

 

山田 充宏(やまだ みつひろ)

 

 

愛知県出身。

 8月15日生まれ。

 

中京大付属中京高校卒業。

 

 

NPO法人気功太極拳普及協会 理事 

太極拳練功会 主宰。

 

20歳のときに気功の達人に出会い、外弟子になり道場に通う。

 

師範の内弟子を2年間努める。

 

山にこもるなどして気功を修練し、わずか4年で習得。

 

気功太極拳を広めたいと

いう思いから山田太極拳の教室を開く。

 

中国武術段位6段

  

また、気を用いた治療を行い、ガン・うつ病などの疾患者を救う活動も行っている。

 

その方法や気を10倍高める方法などを全国で  セミナー・講演をしながら

気功太極拳の普及活動を行っている。

 

 

 

18人目のゲストはまさだ療術院のエネルギー療術士、正田篤司さん。 

Profile

 

正田 篤司 (まさだ あつし)

 

 

1969年3月6日生まれ。

 

                大阪府出身。

 

 

 

 

まさだ療術院・エネルギー療術士。

 

ABSベーシック・コース認定講師。

 

 

大阪府立大学総合科学部 数理科学卒業後、

 

日本アイビーエム入社。

 

 

銀行業務開発SEとして入社し

 

上級ITスペシャリストとして活躍。

 

 

ソフトウェア事業部 部長職になるが

2013年12月退社し

新事業を始める。

 

 

 

誰でも無限の可能性を秘めているので

そのチカラに気づいてもらうための

お手伝いをするため

日本国中のクライアントのもとへ足を運んでいる。

 

 

 

【まさだ療術院】

https://sites.google.com/a/amasada.com/energy2/home

 

【アクティブ・ブレイン・セミナー】

http://www.oda-abs.com/teachers/detail/087/

20人目のゲストはサラリーマン『転覆隊』隊長、環境マンガ家の本田 亮さん。 

profile

 

 

本田 亮(ほんだ りょう)

 

 

1953年3月30日生まれ。

 

 東京都出身。

 

日大芸術学部写真学科卒業。

 

 

 

CMプランナー。

 

 

元電通エクゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター。

 

 

 

サラリーマン「転覆隊」隊長。

 

 

 

環境マンガ家。

 

 

 

写真家。

 

 

 

作家。

 

 

 

大学を受験する時に進学する事に疑問を抱き、

 

高校3年の途中で受験勉強をやめ読書に没頭する。

 

 

 

 

そのとき、1冊の本に出会い、人生について考得させられ、

受験の直前で進路を日本大学芸術学部写真学科に決めるが試験で落ちる。

 

 

 

 

写真家になる夢をかなえるため浪人生になる。

 

 

日本大学芸術学部卒業後、電通に入社。

 

 

 

その後はCMプランナーとして活躍。

 

 

 

 

「ピカピカの1年生」を始め、

数々のテレビCMを手がける。

 

 

 

 

昔から自然が好きだったこともあり、

仲間3人とカヌーで川下りを始めた事がきっかけとなり、

 

「転覆隊」を結成。

 

 

日本一ヘタなカヌーチームの隊長に就任。

 

 

 また、環境問題の事を考え始め自分にできる事は何かを考え、

環境マンガを描く事を決意。

 

 

 

1991年には環境マンガ「エコノザウルスが行く」

 

が出版される。

 

 

 

 

2011年、電通を早期退職。

 

 

 

現在も転覆隊の隊長としてアウトドア雑誌「ビーパル」での連載をつづけながら、

環境マンガ家として全国で「エコノザウルス」展を開催中。

 

 

 

 

書籍

 

『僕が電通を辞める日に絶対伝えたかった79の仕事の話/大和書房』

 

『ママチャリお遍路1200km/小学館』 

 

 

『あんたも私もエコノザウルス』(小学館)など

 

 

 

本田亮さんホームページ

 

http://ryohonda.jp/

 

 

 

サラリーマン転覆隊

 

https://www.facebook.com/tenpukutai1988

 

 

22人目のゲストは映画監督の原 一男さん。

profile

 

原 一男(はら かずお) 

 

 

1945年6月8日生まれ。

 

 

 

山口県出身。

 

 

 

東京綜合写真専門学校中退。

 

 

 

映画監督。大阪芸術大学映像学科教授。

  

 

 

高校卒業後上京し、新聞配達を続けながら

 

東京綜合写真専門学校に通うが、

学業との両立ができずに専門学校を中退。

 

 

1971年 田原総一郎さんの作品『日本の花嫁』にリポーター役で出演。

 

 

 

1972年 小林佐智子さん(現夫人)と共に疾走プロダクションを設立。

      同年ドキュメンタリー映画『さようならCP』で監督デビューする。

 

 

 

1974年 『極私的エロス・恋歌1974』発表。

 

 

 

1987年 『ゆきゆきて、神軍』を発表。

      日本映画監督協会新人賞、ベルリン映画祭カリガリ賞、

      パリ国際ドキュメンタリー映画祭グランプリ受賞。

 

 

1994年 『全身小説家』キネマ旬報ベストテン日本映画第1位。

 

  

 

 

監督作品  

 

ゆきゆきて、神軍 (1987)

 

 

全身小説家 (1994)

 

 

ニッポン国泉南アスベスト村(2016年)

 

 

原 一男監督のホームページ

 

http://www.docudocu.jp/

 

 

23人目のゲストは演劇集団キャラメルボックス 製作総指揮 加藤昌史さん。

profile

 

加藤昌史(かとう まさふみ)

 

 

1961年10月25日生まれ。

 

 

 

東京都出身。

 

 

 

早稲田大学教育学部

教育学部教育学科教育学専修。

 

 

 

演劇集団キャラメルボックス 製作総指揮・音楽監督。

 

 

 

株式会社ネビュラプロジェクト 代表取締役社長。

 

 

 

株式会社ネヴァーランド・アーツ 代表取締役社長。

 

 

 

 

 

家庭の事情で高校3年の時に長崎の高校に転入。

 

 

 

転入当時、東京から来た転校生ということと

 

髪の毛が肩まであったこともあり、

 

「きゃぶっとる」(カッコつけている)と言われ

 

同級生からは引かれていた。

 

 

 

しかし、転入早々行われたテストで化学で0点をとったことが

 

きっかとなり一躍校内の人気者に!

 

 

高校3年の夏まで放送部で活動を続ける。

 

 

 

早稲田大学に進学することを心に決めていた。

 

 

 

しかし当時の成績は全国模試で10何万人中

 

後から数えた方が早いほどの順位。

 

 

偏差値はなんと32。

 

 

 

1日16時間時間以上、勉強に時間を費やし

 

 

 

1年後、早稲田大学教育学部に見事!?合格。

 

  

 

大学2年のとき、成井豊さんの「キャラメルばらーど」

 

を観て感動し号泣。

 

 

 

 

成井豊さんの舞台を100万人に観てもらうと心に決めた

ときの観客数は1000人(充分プロで活動できる)にも満たなかった。

 

 

 

 

社会人劇団として活動を開始し

年2回の公演を行っていた。

 

 

 

公演ごとに驚異的な観客動員数を記録し、

 

1988年プロとして「演劇集団キャラメルボックス」の活動を開始する。

 

「お客さんのことを『キャクと呼ばない』」

 

 

「劇場でパンフレットを落としたお客さんがいたら

 新しいパンフレットに直ぐに取り替える」

 

 

など当たり前のことを演劇界に広める。

 

 

演劇界で初となる上演時間が半分の「ハーフタイムシアター」や

 

公演当日の10時から開演1時間前まで

 

特定のチケット売り場で購入すると

 

通常料金の半分の料金で観劇できる

 

「ハーフプライスチケット」を導入。

 

 

これまで4000ステージ以上、開演前に舞台に立ち、

お客さんに観劇マナーを伝える前説を行い続けている。

 

 

 

 

著書

 

『いいこと思いついたっ!』出版社: 日本短波放送

 

『拍手という花束のために』出版社: ロゼッタストーン

 

 

 

『人の前に出る仕事の人へ。』出版社: ぴあ

 

演劇集団キャラメルボックスHP

 

http://www.caramelbox.com/

 

 

 

加藤昌史さん twitter

 

@KatohMasafumi

 

加藤昌史さんブログ 「加藤の今日」

 

 

http://caramelbox-kato.blog.so-net.ne.jp/

 

 

 

 

 

 

24人目のゲストはホセ・ムヒカ 前ウルグアイ大統領に単独インタビューを行った         ライター 平井有太さん。

profile

 

平井有太(ひらい ゆうた

 

 

1975年 東京生まれ。

 

 

School of Visual Arts卒業。

 

 

 

ライター。

 

 

市民測定所

「ふくしま30年プロジェクト」理事。

 

 

 

エネルギーのポータルサイト「ENECT」編集長。

 

 

 

 

父親から「人に伝わる文章を書け」と言われ

 

子供の頃より文章を書く。

 

 

 

 

中学のときにアメリカでホームステイを経験。

 

 

 

 

ヒップホップとアートに影響を受け、

ニューヨークのSchool of Visual Artsに入学。

 

 

 

卒業後、2001年に帰国。

 

 

 

「有太マン」名義でフリーライターとして活動。

 

 

 


2012年には福島県に移住。

 

 

農協×生協×福島大学による

 

 

「土壌スクリーニング・プロジェクト」事務局を努め、

 

 

福島市内の全田んぼと果樹園で、

約10万ポイントの放射線量を測る。 

    

 

 

 

2015年、福島市議選に出馬し落選。

 

 

 

 

ウルグアイに渡航し、アポなしで私邸を訪れたにも関わらず、

 

ホセ・ムヒカ 前ウルグアイ大統領のインタビューに成功する。

 

 

著書

 

『福島 未来を切り開く』(SEEDS出版、2015年)

 

『ビオクラシー』(SEEDS出版、2016年)

 

『虚人と巨人』(辰巳出版、2016年)。

 

 

 

25人目のゲストは作家、本橋信宏さん。

 

profile

 

本橋 信宏(もとはし のぶひろ 

 

 

 

1956年 4月4日生まれ。

 

 

埼玉県所沢市出身。

 

 

早稲田大学政治経済学部卒業。

 

 

作家。

 

 

 

小学校1年生の時、「死んだ犬」というタイトルで作文を書いたら

 

先生から誉められ文章を書くオモシロさを知る。

 

 

 

読書家で夏目漱石や江戸川乱歩など文学作品に触れ、

 

小学校6年生の頃には小説を書き始める。

  

 

受験のとき、早稲田大学に入って中退し作家になろうと決める。

 

 

 

大学では企画系サークルに入り、

 

甲斐バンド・コンサートの企画やテレビ出演などを繰り返し、

 

まだ無名時代のテリー伊藤さんと知り合う。

 

 

卒業後は、テリー伊藤さんがいた制作会社に入社するものの2ヶ月で退社。

 

 

 

イベント制作会社を経て、24歳で念願のフリーランスになる。

 

 

 

1981年4月、ミリオン出版社から「ザ・キャンパス」で作家デビュー。

 

 

 

1983年、新英出版の『スクランブルPOHTO』編集長になるが

 

半年で廃刊の憂き目にあう。

 

 

 

1984年、物書き業をやりながらクリスタル映像で広報や作品制作に携わる。

 

 

 

1988年、ダイヤモンド映像の広報、プロデューサーに。

 

 

1991年、文筆業一本にもどる。収入は半分以下に。

 

 

完全復帰後、著作を相次ぎ発表。

 

私小説的手法で壮大な庶民史を描くことをライフワークとしている。

 

 

著書

 

 

 

『「全学連」研究 :革命闘争史と今後の挑戦』青年書館 1985

 

『裏本時代』飛鳥新社 1996・現在幻冬舎アウトロー文庫

 

『アダルトビデオ 村西とおるとその時代』飛鳥新社 1998 

 ・現在『AV時代』幻冬舎アウトロー文庫

 

『悪党ほど我が子をかわいがる』亜紀書房 2005

  

『全裸監督』太田出版 2016 など

 

 

28人目のゲストは鎌倉にある月読寺の住職 小池龍之介さん。

 

 

 

 

 

1978年12月15日 生まれ。

 

 

 

 

山口県出身。

 

 

 

 

東京大学教養学部卒業。

 

 

 

 

月読寺 住職。

 

 

 

 

作家。

 

 

 

 

大阪府生まれ。

 

 

 

 

 

父が寺の住職として働くことになったため

 

 

11歳の時に山口県山口市に転居。

 

 

 

 

 

中学時代に環境に適応できなくなる。

 

 

 

内にこももりがちになったときに

 

本や漫画をよく読み太宰治に傾倒する。

 

 

 

 

 

高校は進学校の山口県立山口高等学校。

 

 

 

 

 

太宰治が東京大学文学部出身だったので東大を受験。

 

 

 

 

 

 

電気やガスが止められている駒場寮を気に入り入寮。

 

 

 

 

 

在学中に学生結婚するが離婚。

 

 

 

 

 

2回留年し東京大学教養学部を卒業。

 

 

 

 

 

 

伝統宗教が機能していないことに問題意識を持ち

 

 

仏の教えをわかりやすく伝えるため

 

 

2003年にウェブサイト「家出空間」を立ち上げる。

 

 

 

 

と同時にお寺とカフェの機能を兼ねた

 

 

『iede cafe』を運営する。

 

 

 

 

 

29歳のとき『iede cafe』を閉めて

 

 

座禅、瞑想の修行の旅に出る。

 

 

 

 

 

2014年、鎌倉に『月読寺』を転居。

 

 

 

 

 

現在は自身の修行を続けながら

 

月読寺やカルチャーセンターなどで

 

 

一般の人々に仏道のお稽古の

 

 

座禅や瞑想などの指導を行う。

 

 

 

 

 

作家として著書多数。

 

 

 

 

 

著書

 

 

 

『「自分」から自由になる沈黙入門』 幻冬舎、2008年。

 

 

『偽善入門 浮世をサバイバルする善悪マニュアル』 サンガ、2008年。 

     

 

『煩悩(ストレス)フリーの働き方。』 ベストセラーズ、2008年。 

   

 

『煩悩リセット稽古帖』 ディスカヴァー・トゥエンティワン、2009年。

 

 

『「自分」を浄化する坐禅入門』 PHP研究所、2009年。

 

 

『恋愛と結婚の呪縛をとくお稽古帖』 主婦と生活社、2009年。

 

 

『読むうちに悩みが空っぽになる「人生相談」』三笠書房〈王様文庫〉、2009年。

 

 

『仏教対人心理学読本 「無我」の純粋交際マニュアル』 サンガ、2009年。

 

 

『もう、怒らない』 幻冬舎、2009年。

 

 

『貧乏入門 あるいは幸福になるお金の使い方』

                  ディスカヴァー・トゥエンティワン、2009年。

 

 

 

『考えない練習』 小学館、2010年。 

 

 

『お坊さんが教える イヤな自分とサヨナラする方法』 PHP研究所、2010年。

 

 

『坊主失格』 扶桑社、2010年。

 

 

『ブッダにならう 苦しまない練習』 小学館、2011年。

 

 

『3.11後の世界の心の守り方「非現実(ヴァーチャル)」から「現実(リアル)」へ』                   ディスカヴァー・トゥエンティワン、2011年。

 

 

『平常心のレッスン』 朝日新聞出版〈朝日新書〉、2011年。

 

 

『恋愛成就寺』 ディスカヴァー・トゥエンティワン、2012年。

 

 

『「我」を張らない人づきあい 仏教対人心理学読本』サンガ新書 2012 

   

 

『"ありのまま"の自分に気づく』角川SSC新書 2014     

 

 

『しない生活 煩悩を静める108のお稽古』幻冬舎新書 2014   

 

 

『そこにはいないよ』作・絵 金の星社 2014     

 

 

『こだわらない練習 「それ、どうでもいい」という過ごしかた』小学館 2015   

 

 

『もやもやスッキリ絵巻』KADOKAWA 2015

 

 

『頭の決まりの壊し方』小学館 2017     など