お詫び。

これまでPVができるまで配信を行いませんでした。

丹下さんに順番の大切さについて教えて頂き

これまでの配信のやり方がおかしかった事に気づきました。

これからは配信をおこなった後にVTRと文章をアップさせて頂きます。

ご出演頂きました方々に多大なご迷惑をかけ申し訳ございませんでした。

 

25人目のゲストは作家、本橋信宏さん。

 

profile

 

本橋 信宏(もとはし のぶひろ

 

 

1956年 4月4日生まれ。

 

 

埼玉県所沢市出身。

 

 

早稲田大学政治経済学部卒業。

 

 

作家。

 

 

 

小学校1年生の時、「死んだ犬」というタイトルで作文を書いたら

 

先生から誉められ文章を書くオモシロさを知る。

 

 

 

読書家で夏目漱石や江戸川乱歩など文学作品に触れ、

 

小学校6年生の頃には小説を書き始める。

 

 

 

中学校生のときは成績も優秀でクラスの上位になるが、

 

途中で勉強をするのをやめてしまう。

 

 

 

記念受験で受けた難関、川越高校に運も味方し合格を果たす。

 

 

 

しかし、川越高校に合格すると、同級生のレベルが高すぎるので

 

進級できるのかと不安になる。

 

 

 

ただ、人に勉強する姿をみせるのが嫌で授業をさぼっては喫茶店に行き、

 

参考書をとりだし勉強を始めるほど。

 

 

 

受験のとき、早稲田大学に入って中退し作家になろうと決める。

 

 

 

受験前に、交通事故にあうものの、

 

気を取り直し早稲田大学を受験し見事合格。

 

 

 

大学では企画系サークルに入り、

 

甲斐バンド・コンサートの企画やテレビ出演などを繰り返し、

 

まだ無名時代のテリー伊藤さんと知り合う。

 

 

卒業後は、テリー伊藤さんがいた制作会社に入社するものの2ヶ月で退社。

 

 

 

イベント制作会社を経て、

 

1980年9月、24歳で念願のフリーランスになる。

 

 

 

1981年4月、ミリオン出版社から「ザ・キャンパス」で作家デビュー。

 

 

 

1983年、新英出版の『スクランブルPOHTO』編集長になるが

 

半年で廃刊の憂き目にあう。

 

 

 

1984年、物書き業をやりながらクリスタル映像で広報や作品制作に携わる。

 

 

 

1988年、ダイヤモンド映像の広報、プロデューサーに。

 

 

1991年、文筆業一本にもどる。収入は半分以下に。

 

 

完全復帰後、著作を相次ぎ発表。

 

私小説的手法で壮大な庶民史を描くことをライフワークとしている。

 

 

 

 

 

著書

 

『ザ・キャンパス』ミリオン出版社 1981

 

『キャンパスの悪女たち 』ミリオン出版社 1982

 

『キャンパス薔薇色講座』青年書館 1984

 

『「全学連」研究 :革命闘争史と今後の挑戦』青年書館 1985

 

『会社訪問する直前に読む本』ベストブック 1986

 

『裏本時代』飛鳥新社 1996・現在幻冬舎アウトロー文庫

 

『修羅場のサイコロジー』講談社 1997 

 

『アダルトビデオ 村西とおるとその時代』飛鳥新社 1998 

 ・現在『AV時代』幻冬舎アウトロー文庫

 

『新・AV時代 悩ましき人々の群れ』文藝春秋 2010

 

『悪党ほど我が子をかわいがる』亜紀書房 2005

 

短編小説集『フルーツの夜』河出書房新社 2001

・現在幻冬舎アウトロー文庫。

 

『風俗体験ルポ やってみたら、こうだった』宝島SUGOI文庫 2009

 

『東京最後の異界 鶯谷』宝島社 2013・現在宝島SUGOI文庫

 

『迷宮の花街 渋谷円山町』宝島社 2015

 

『上野アンダーグラウンド』駒草出版 2016

 

『全裸監督』太田出版 2016 など

 

 

本橋信宏さんが作家になった理由!

 

 

 

本橋信宏さんとヨウメイ

 

 

 

 

「村西とおる監督について書かれた続編、

 

 

『全裸監督』が発売されたの知ってるか?」

 

 

 

 

渋谷のいかがわしい通りを歩いている時に

 

急にたかっしーが聞いてきた。

 

 

 

 

「え!!!続編が発売されたんですか!?」

 

 

 

 

「ついに完結するらしいぞ!!

 

 ただ、本が分厚いからまだ買ってないけど…」

 

 

 

 

「え、そうなんですか?全然知らなかったです」

 

 

 

 

つ、ついに発売されたか!!!

 

 

 

 

 

『裏本時代』『AV時代』に続く、

 

 

村西とおる監督について書かれた

 

 

本橋信宏さんの最新刊『全裸監督』。

 

 

 

 

ヨウメイは本橋さんの続編が発売されるのを

 

 

一日千秋の思いで待ち続けていたのであった。

 

 

 

 

ただ、たかっしーに言われるまで、続編を書かれていたとは

 

 

夢にも思っていなかったのであった。

 

 

 

 

これだけ、SNSなどが普及して、

 

調べようと思えばいつでも調べられた。

 

 

 

 

村西監督のことは逐一気にしていたが

 

 

本橋さんのことは完全にノーマークであったのである。

 

 

 

 

 

 

本橋さんにお会いしたら口が裂けても言えない

 

 

お話なのであるった。

 

 

 

 

 

 

「ただ、本橋さんの新刊、分厚いんですよね!?」

 

 

 

 

 

「定価2、400円するらしいぞ」

 

 

 

 

 

「ちょっと高いですよね!」

 

 

 

 

 

いかがわしいお店の前で立ち止まり一瞬考えたヨウメイであった。

 

 

 

 

決してお店に入ろうかどうか迷ったわけではないことを

 

ここにつけ足しておく。

 

 

 

 

新刊『全裸監督』が発売された時の衝撃を

 

暴走するエヴァンゲリオン初号機をみた

 

 

冬月コウゾウ風にたとえるなら、

 

 

 

 

「この先に『全裸監督』の購入が、

 

 

ヨウメイを救う方舟となるか、

 

 

ヨウメイを滅ぼす悪魔となるのか。

 

 

結論はヨウメイの財布にゆだねられたな」である。

 

 

 

 

 

2、400円ごときで迷っている場合ではないのである。

 

 

 

 

2、400円で人生が変わるかもしれないのである。

 

 

 

 

たかっしーと別れたあと、すぐに書店へ突っ走り

 

 

『全裸監督』を購入するヨウメイがいたのであった。

 

 

 

 

 

なぜ、村西とおる監督のことが書かれた

 

 

『全裸監督』にヨウメイがこれほどまでこだわるか

 

 

少し解説することにしよう。

 

 

 

 

本橋さんの著書、『裏本時代』と『AV時代』に出会ったのは

 

 

8年ほど前に遡ることなる。

 

 

 

 

 

深夜、汚いビルの奥につくられた編集室。

 

 

 

 

目の前には最新鋭のMac proと液晶モニター。

 

 

 

 

ヨウメイの背後には、炊飯器とお米の袋が散らかっている。

 

 

 

 

右を向けば、1mぐらいのところに

 

 

フロムソフトウェアの傑作ゲーム「ブラッドボーン」

 

 

に登場する「聖職者の獣」のような親父が

 

 

眼を合わせるたびに「おまえらは邪魔だ」と

 

 

毒を吐きかけてくるのであった。

 

 

 

 

 

 

そんな劣悪な環境の中で、左を向くとたかっしーが

 

 

1冊の本を読んでいた。

 

 

 

 

 

きっかけは、またしてもたかっしーであった。

 

 

 

 

「ヨウメイ、『裏本時代』って本しってるか?」

 

 

 

 

「なんですか? 『裏本時代』って!?」

 

 

 

 

「今途中まで読み進めたけどおもしろいわ。

 

 

歌舞伎町のアンダーグラウンドの話で

 

 

 無修正のエロ本が販売されていたことが

 

 

 詳しく書いてあって絶対読んだ方がええぞ。」

 

 

 

 

「えーそうなんですね。」

 

 

 

 

 それならちょっと見せてくれればいいのに

 

 

 と思ったがたかっしーは見せてくれない。

 

 

 

 

 

 ヨウメイに話しながら全く本から目を話さないのである。

 

 

 

 

 『裏本時代』タイトルだけでも気になる。

 

 

  どんな悪いことが書いてあるのだ!?

 

 

 

 

 

 見たことがないものと、知らないことには

 

 

 常に興味をもつヨウメイである。

 

 

 

 

 それに、エロいことが絡んできたのであれば

 

 

 そこに食いつかない輩はどあほである。

 

 

 

 

「では買って読んでみます。」

 

 

 

 

 と返事をしてもたかっしーは

 

 

 全く本を見せてくれようとはしなかったことを

 

 

 ここに追記しておく。

 

 

 

 

 

すぐに文庫になっていた『裏本時代』を購入した。

 

 

 

 

本を購入するときに

 

 

タイトルで躊躇することは全くないヨウメイである。

 

 

 

 

躊躇するのはレンタルDVDでとんでもないタイトルが

 

 

ついているものを女性の店員に出す時だけである。

 

 

 

 

 

『裏本時代』に登場する人物は、草野博美さん。

 

 

 

 

1980年代、裏本の制作、販売に携わり

 

 

北大神田書店グループをつくり上げ、

 

 

全国のお父さんの股間を熱くする。

 

 

 

 

 

裏本でひと財産を築き、最後には全国に48店舗、

 

 

その会長にまで上り詰めるのであった。

 

 

 

 

 

もともとは英会話教材や百科事典のセールスマンで

 

 

優秀な成績をおさめたにもかかわらず、

 

職を変えインベーダーゲームの設置・販売で大成功し

 

 

ひと財産を築く。

 

 

 

 

 

そして、ビニ本に出会ったことがきっかけで

 

 

裏本の制作にのりだすのであった。

 

 

 

 

ここで知らない方の為にビニ本と裏本について

 

少し解説を入れることにする。

 

 

 

 

 

 

ビニ本とはビニールに包まれたエロ本のことで、

 

 

中は当然のことながら修正がかかっている。

 

 

 

 

 

 

しかし、恐るべきは値段であった。

 

 

1000円や、2000円などと

 

 

非常に高価な上に、中身が見えないのである。

 

 

 

 

 

CDのジャケット買いと同じで表紙だけで購入しなければ

 

 

ならない非常に危険な代物であったのである。

 

 

 

 

当時、ビニ本とならび、自動販売機で売られているエロ本は

 

自販機本とよばれて、人通りの多い歩道に設置されているので

 

なかなか夜でも買うのが難しかった。

 

 

 

 

 

なぜなら、誰がどこで見ているかわからないので

 

 

購入するには非常に危険を顧みるのである。

 

 

 

知人などに見つかろうものならあっという間に

 

 

村中にうわさが広まってしまうおそろしい代物であった。

 

 

 

 

 

そして、中身は修正が入っている上に、

 

 

とんでもない代物を掴まされる可能性もあるのであった。

 

 

 

 

 

そして、とんでもないものを掴まされたからといって

 

文句を言っても訴える先がわからないから

 

 

泣き寝入りするしかないのであった。

 

 

 

 

 

うって変わって、裏本はというと当然のことながら

 

 

修正が入っていないのである。

 

 

 

 

ということはつまり、

 

日本の法律で修正の入っていないエロ本を売買するということは

 

捕まることを意味するのであった。

 

 

 

 

当然のことながら、裏本を制作し販売した

 

北大神田書店の会長、草野博美さんも

 

警察から指名手配をくらい姿をくらますのであった。

 

 

 

 

 

会長のすごい所は、裏本販売だけでなく

 

 

写真隔週誌「スクランブル PHOTO」を

 

 

創刊するのである。

 

 

 

 

その編集長についたのがなんと、

 

 

『裏本時代』の著者、本橋信宏さんなのであった。

 

 

 

 

しかし、週刊誌「スクランブル PHOTO」を

 

 

創刊したまでは良かったのだが

 

 

わずか10号で廃刊に追い込まれ、

 

 

指名手配中だった会長も逮捕され有罪判決が言い渡される。

 

 

 

 

 

草野博美さんの人生がリアルに描かれ

 

 

笑ってはいけないのだが笑ってしまう。

 

 

 

 

 

とにかく読んでいておもしろすぎるのである。

 

 

 

 

これが本当に実話かと思うぐらいとんでもない

 

 

人生を歩んでいる会長、草野博美さんであった。

 

 

 

 

 

そして、保釈され出所された草野博美さんが

 

 

名前を村西とおるに変え、アダルトビデオの制作に

 

 

全くのど素人の状態から参入していく姿が描かれたのが

 

 

続編にあたる『AV時代』なのである。

 

 

 

 

 

廃刊においこまれた週刊誌「スクランブルPHOTO」の

 

 

編集長を担当していた本橋さんも

 

 

また村西監督から声をかけられ

 

 

今度はAVの制作に携わって行くのであった。

 

 

 

 

 

自分のお金を持ち出してまで

 

週刊誌を刊行し続けようとした本橋さん。

 

 

 

 

しかし、隔週誌「スクランブル PHOTO」は廃刊になり

 

 

編集長であった本橋さんは路頭に迷う。

 

 

 

 

それにも関わらず、どんな気持ちで

 

 

また一緒に仕事をされる気になったのだろうか?

 

 

 

 

 

気になるのである。

 

 

 

 

 

そして『AV時代』ではまたしても波乱万丈の

 

 

村西監督の人生が描かれていたのであった。

 

 

 

 

 

 

クリスタル映像でAV監督になり、

 

 

ハワイで撮影中捕まり、求刑370年。

 

 

 

 

 

 

また、ダイヤモンド映像を設立し、

 

 

先を見越した通信衛生放送事業に参入し、

 

 

借金50億の負債を抱えて会社が倒産するのである。

 

 

 

 

 

借金50億。

 

 

 

 

 

とても個人では返せる金額ではない。

 

 

 

 

 

がしかし、借金を苦にして村西とおる監督は

 

 

自殺するわけでもなく正面から向き合って

 

 

返済にのりだすのであった。

 

 

 

 

 

 

借金をしても別に死ななくていい。

 

 

 

 

 

村西監督の波瀾万丈の人生を描いた、

 

 

本橋さんの本から学んだのであった。

 

 

 

 

 

言わずもがな、たかっしーとヨウメイにとって

 

 

 

心の支えとなる2冊の本、

 

 

 

『裏本時代』

 

 

 

AV時代』

 

 

 

となったのであった。

 

 

 

 

 

この本に出会わなければ、

 

ヨウメイは貯金が底をついた時、

 

完全に路頭に迷いくたばっていたにちがいない。

 

 

 

 

ないものは借りればよいのである。

 

 

 

見栄をはっていても仕方がないのである。

 

 

 

ありませんと素直に言ってしまえばいいだけであった。

 

 

 

 

それか多摩川のろびんそんさんに

 

 

教えてもらったように0円ハウス生活をするかである。

 

 

 

 

 

 

何か困って落ち込んだ時があっても、

 

 

下をみれば借金50億の負債を抱えた村西監督がいる。

 

 

 

 

言い方は悪いのかもしれないが、

 

 

人は下を見れば踏みとどまれるものである。

 

 

 

 

 

電車へGOなどと全く思わなくなったのである。

 

 

 

 

村西監督にお話を聞いてみたいのもあったが

 

 

いつかは本橋さんにお会いして

 

 

お話を聞いてみたいと思うようになったのである。

 

 

 

 

 

ただ、この本に出会ったときはまだ、

 

 

本橋さんの写真もでてなければ

 

 

どこにいるかも全くつかめない謎の人物であった。

 

 

 

 

 

しかし、ドキュメンタリー映画

 

 

YOYOCHU SEXと代々木忠の世界』に

 

 

出演されている本橋さんを見かけたのであった。

 

 

 

 

 

その時は、スーツ姿に、リーゼントで出演されている

 

 

姿を拝見し、とってもおっかない人だと

 

ヨウメイの眼には映ったのであった。

 

 

 

 

 

きっと、タカとユージほどアブない人に違いない。

 

 

 

 

 

しかし、居場所と連絡先が全く分からないのである。

 

 

 

 

そして、さらにヨウメイに追い打ちをかける

 

 

出来事が起こったのであった。

 

 

 

 

 

「本橋さんにインタビュー

 

 

 お願いしようと試みているんですが」

 

 

 

 

とその筋の人に相談したところ

 

 

 

 

「村西さん危ないひとだから、一緒にいる本橋さんも

 

 

 危ないんじゃないの。ヨウメイやめといたほうが

 

 

 いいんじゃないの」

 

 

 

 

と言われて一瞬こころが揺らいだのであった。

 

 

 

 

しかし、あきらめられるものではないのである。

 

 

 

 

どうしても、本橋さんにお話を聴きたいからである。

 

 

 

 

 

なぜなら、本橋さんの最新刊『全裸監督』のなかで

 

 

ヨウメイにとって心の支えであった

 

 

何があっても死なない村西とおる監督が

 

 

自ら命を断とうとしたことが書かれていたからにあった。

 

 

 

 

怖い人たちに車でダムに連れていかれ、

 

 

ジャンプすればチャラにしてやると言われても

 

 

生きることに執着した村西監督。

 

 

 

 

 

懲役370年を言い渡されても

 

 

生きて日本に帰って来た村西監督。

 

 

 

 

そんな村西さんがなぜ一瞬でも

 

 

弱くなってしまったのか?

 

 

 

 

 

ヨウメイは読んだ時、非常にショックを受けたのであった。

 

 

 

 

村西監督のことをなんとしても本橋さんに聞かなければ。

 

 

 

 

と言っても教えてくれるかどうかもわからない。

 

 

 

 

 

そんな時に、本橋さんについての

 

 

新たな情報を手に入れたのであった。

 

 

 

 

本橋さんの書籍「悪党ほどわが子をかわいがる」である。

 

 

 

 

 

それまでのヨウメイは本橋さん=悪い人と

 

いうイメージをいだいていた。

 

 

 

 

なぜなら、スーツにリーゼント。

 

 

鋭い眼光。

 

 

 

 

 

しかし、そんな本橋さんが、

 

 

子育てを一生懸命している姿が

 

 

エッセイの中に出てくるのである。

 

 

 

 

 

しかし、子供さんが生まれるまえは、

 

 

「疾走する愛を信じる!?」

 

と問いかけジュリエット・ビノッシュを追いかけた

 

 

「汚れた血」のドニ・ラバンデはないが

 

 

40代を前にして死に向かって疾走している感の本橋さんが

 

本の中から読み取れたのであった。

 

 

 

 

というかヨウメイは勝手にそう思ったのである。

 

 

 

 

それまでは村西監督のことを本橋さんに伺おうと思っていたのだが、

 

ヨウメイの興味は人としての本橋さんに向いたのであった。

 

 

 

 

 

なぜなら、子育てを通じて生きていくための

 

 

ヒントが『悪党ほど我が子をかわいがる』には

 

 

はたくさん出てくるのであった。

 

 

 

 

 

 

本橋さんとは一体!?

 

 

 

 

 

どこかに本橋さんはいないか?

 

 

 

 

 

とおもっていたらなんと

 

ホームページがあったのである。

 

 

 

 

 

もっと早くさがせ!

 

 

 

 

これは連絡をとるチャンスである。

 

 

 

ちゃんと調べないところがヨウメイのダメなところである。

 

 

 

 

すぐに連絡をとると

 

取材OKのお返事が返って来た。

 

 

 

 

 

とてもらっきーである。

 

 

 

 

メールでやり取りをしていると

 

どこでも参りますよとのメールが返ってきたのであった。

 

 

 

 

 

しかし、この事実を鵜呑みにしてはならない。

 

 

 

 

 

なぜなら、それこそ落とし込まれる元になる

 

 

かもしれないからである。

 

 

 

 

 

後になってわかったのだが、本橋さん、

 

本当に散歩が好きなだけであった。

 

 

 

 

 

それに狭山丘陵のほうに思い出があったみたいで

 

 

来られたい気分であったみたいである。

 

 

 

 

 

どこかインタビュー場所はと思って探してみると

 

 

渋谷にいいカフェがあった。

 

 

 

 

そこをインタビュー場所にとお願いすると

 

 

OKのお返事が返ってきた。

 

 

 

 

インタビューを伺う前にちらりとでも本橋さん

 

 

のお姿を見ておかなくてはならないと思ったが、

 

 

村西監督とのトークショーは完売でチケットをとることが

 

 

出来なかったのである。

 

 

 

 

 

 

あとはぶっつけ本番で話すしか無くなったヨウメイである。

 

 

 

 

本橋さんは、ヨウメイを救う方舟となるか、

 

 

ヨウメイを滅ぼす悪魔となるのか!?

 

 

結論は…

 

 

 

 

 

「寒いですね〜 お待たせしました。」

 

 

 

 

満面の笑顔で本橋信宏さんがヨウメイの前に現れた。

 

 

 

 

この後、3時間も寒いテラス席でインタビューを

 

 

受けることになるとも知らずに…

 

 

 

 

 

 

 

配信はこちらから

本橋信宏さん_前編_1 41分

本橋信宏さん_前編_2 45分  

本橋信宏さん_中編 65分  

本橋信宏さん_後編 30分  

24人目のゲストはホセ・ムヒカ 前ウルグアイ大統領に単独インタビューを行った         ライター 平井有太さん。

profile

 

平井有太(ひらい ゆうた


1975
年 東京生まれ。

 

 

School of Visual Arts卒業。

 

 

 

ライター。

 

 

市民測定所

「ふくしま30年プロジェクト」理事。

 

 

 

エネルギーのポータルサイト「ENECT」編集長。

 

 

 

 

父親から「人に伝わる文章を書け」と言われ

 

子供の頃より文章を書く。

 

 

 

 

中学のときにアメリカでホームステイを経験。

 

 

 

 

ヒップホップとアートに影響を受け、

ニューヨークのSchool of Visual Artsに入学。

 

 

 

卒業後、2001年に帰国。

 

 

 

「有太マン」名義でフリーライターとして活動。

 

 

 


2012年には福島県に移住。

 

 

農協×生協×福島大学による

 

 

「土壌スクリーニング・プロジェクト」事務局を努め、

 

 

福島市内の全田んぼと果樹園で、

約10万ポイントの放射線量を測る。 

    

 

 

 

2015年、福島市議選に出馬し落選。

 

 

 

 

ウルグアイに渡航し、アポなしで私邸を訪れたにも関わらず、

 

ホセ・ムヒカ 前ウルグアイ大統領のインタビューに成功する。

 

 

著書

 

『福島 未来を切り開く』(SEEDS出版、2015年)

 

『ビオクラシー』(SEEDS出版、2016年)

 

『虚人と巨人』(辰巳出版、2016年)。

 

 

 

平井有太さんがライターなった理由!

平井有太さんがホセ・ムヒカ前ウルグアイ大統領に会いに行った理由!

平井有太さんとヨウメイ

 

 

 

 

 

イギリスのロンドンを中心に活動する

 

 

正体不明のアーティスト、バンクシー。

 

 

 

 

 

 

世界各地に出没し、社会を風刺した

 

グラフィティアートやストリートアートを描く。

 

 

 

 

 

知る人は知っている

 

 

とても有名なアーティストなのである。

 

 

 

 

 

と知ったかぶって書いているヨウメイではあるが、

 

 

映画「バンクシー・ダズ・ニューヨーク」を観るまでは

 

バンクシーのバの字も知らないどあほなのであることを

 

 

先に付け加えておくことにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

映画はバンクシーが2013年、ニューヨークに

 

 

ゲリラ的に出没。

 

 

 

 

 

そして、ニューヨーク市内で作品を残していく。

 

 

 

 

 

 

 

あるときは消火栓をハンマーで

 

 

たたこうとする子供の絵を壁に描いたり

 

 

 

 

 

 

またあるときはゴミの廃棄場に

 

ブロックでスフィンクスのオブジェを作ってみたり、

 

 

 

 

 

またまたあるときはトラックに

 

 

牛や豚など家畜のぬいぐるみを飾り付け

 

 

ニューヨーク市内を走り回る。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、その実体は…

 

 

 

 

 

と悪の組織パンサークローと戦う

 

 

キューティーハニーの主人公、如月ハニー様に

 

 

正体を明かすわけではないのであった。

 

 

 

 

 

 

ついには、警察が介入し、指名手配を受ける。

 

 

 

 

 

がしかし、その目をもかいくぐり

 

 

1日だけ出品できない日はあったのだが

 

 

1ヶ月間、毎日作品を発表し続けたのであった。

 

 

 

 

 

そして作品がニューヨーク市内に出現する度にSNSで拡散され、

 

 

 

情報を得た、大勢の人が一目見ようと

 

 

 

集まり路上大展覧会となるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

正体不明のアーティスト、バンクシーの作品は

 

オークションに出品すると高額の値段がつく。

 

 

 

 

 

 

作品を発見した人々は我先にと奪いあうのであった。

 

 

 

 

 

作品の中に社会問題を取り入れ、世間を痛切に批判している。

 

 

 

 

 

そして、現在あるメディアを全て駆使して

 

 

 

遊ぶ正体不明のアーティスト、バンクシーの

 

 

姿を追ったドキュメンタリー映画である。

 

 

 

 

 

 

 

姿を追ったといってもご本人は登場しないのである。

 

 

 

 

 

なぜなら 誰も姿を知らないからである。

 

 

 

 

 

出てくるのはバンクシーの作品だけである。

 

 

 

 

 

バンクシーの作品を知らない人でも

 

 

映画を観るだけでも十分に楽しめる映画である。

 

 

 

 

 

 

ヨウメイがおもしろいと思ったのは、

 

 

バンクシーの作品が面白いのもあるが

 

 

 

 

 

抗えない権力である、国家権力に真っ向から立ち向かい、

 

 

何と捕まらずに逃げ切ったところである。

 

 

 

 

 

 

 

「権力に抗え」とヨウメイに教えてくれたのは

 

『進撃の巨人』の主人公、エレン・イェーイガー。

 

 

 

 

 

 

 

また、

 

「抗えないものは権力 指を鳴らせば 落ちてゆく」

 

 

と教えてくれたのはハルカトミユキさんの

 

 

『ニュートンのリンゴ』である。

 

 

 

 

 

 

絶対に勝てない相手に喧嘩を売るのと

 

 

国家権力にはどうやっても勝てないことを

 

 

これまで映画を見てきて嫌というほど知らされている。

 

 

 

 

 

だからこそ、権力に抗い、勝つことは夢であった。

 

 

 

 

 

そんな国家権力にド正面から戦いを挑み、

 

 

逃げ切ったバンクシーはすんばらしい

 

 

アーティストであるとヨウメイは思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

観た人にいろいろ考えさせる映画

 

 

『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』。

 

 

 

上映終了後のトークショーに

 

 

平井有太さんが登壇されたのであった。

 

 

 

 

 

 

対談相手の丹下紘希さんのインタビューを収録するために

 

追いかけ回していたヨウメイにとって

 

平井さんのことはライターとしてしか

 

そのときはインプットされていなかった。

 

 

 

 

 

 

トークショウの後、ご飯を食べに行くと

 

 

そこに平井さんがいらっしゃった。

 

 

 

 

しかし、ヨウメイは平井さんのことを知らない。

 

 

 

 

 

 

平井さんにとってもヨウメイなど

 

ただのキタナいおっさんにしか

 

映っていない。

 

 

 

もしかすると映っていないかもしれない。

 

 

 

 

なぜなら、ヨウメイは集団の場に行くと

 

話さないからである。

 

 

 

 

 

ちびちびとビールを飲んでいると

 

 

 

 

ヨウメイはとんでもない事を聞いたのであった。

 

 

 

「今日の映画の中のオ・ジェミオス

 

 

 と一緒に渋谷で壁画制作したことありまして…」

 

 

 

 

 

「エッ 本当ですか!?」

 

 

 

 

 

「選挙に出馬したことがありまして…」

 

 

 

 

 

「え!選挙に出馬!!」

 

 

 

 

 

ということは何かしらの選挙に出馬されたという事である。

 

 

 

 

 

○○○をぶっ壊せではないが、

 

 

選挙に出馬するには時間と体力と勇気が必要なことは

 

 

どあほのヨウメイでも知っている。

 

 

 

 

 

 

何を隠そう、小学校3年生のとき学級委員に思いつきで立候補し、

 

 

入った表はヨウメイが入れた1票だけという

 

忌まわしき思い出を持っているのである。

 

 

 

 

 

 

そんな思い出は、シャア大佐が小惑星アクシズを

 

地球にぶち込みたくなる思いと同じほど

 

忘れたい過去であることを付け加えておく。

 

 

 

 

 

 

 

選挙に立候補するだけでも勇気がめちゃくちゃ必要なのに

 

立候補されたには何か理由があるに決まっている。

 

 

 

 

 

勝てば官軍であるが、負ければ何も残らないのが選挙である。

 

 

 

 

 

 

皆さんも肝に銘じるがよい。

 

 

 

 

平井さんが出馬した理由が、選挙にかかる費用も安く、

 

 

 

信念をもっている人なら誰でも立候補できることもあり、

 

 

 

平井さん自身が出馬することでそれを証明したかったとのこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

きっと平井さんオモシロい方に違いない。

 

 

 

 

 

 

 

ヨウメイの勘がそう告げている。

 

 

 

 

 

そしてさらに平井さんの言葉がヨウメイに

 

追い打ちをかけるのであった。

 

 

 

 

 

「選挙に落選したあと、ウルグアイに単独で渡航して

 

 ホセ・ムヒカさんにインタビューしてきたんですよ」

 

 

 

 

 

「え、ムヒカ前ウルグアイ大統領!?」

 

 

 

 

 

ますます、興味がわいたので、聞いてみた。

 

 

 

「ムヒカさんて…」

 

 

 

 

「ムヒカさんが、国連で演説した

 

 

 スピーチご存知ですよね!?」

 

 

 

 

 

スピーチは全く聞いていませんが、

 

 

 

 

「ええ、知ってます。」

 

 

 

 

 

とは返事したものの、そんなスピーチは全く知らないとは

 

決して平井さんに言えるはずはない。

 

 

 

 

 

即答で返事を返した、嘘つきヨウメイの誕生である。

 

 

 

 

 

 

がそんなことは微塵も表情には出さない。

 

 

 

 

 

なぜなら、インタビュー界のアネハ建設と

 

 

異名をもつヨウメイにとっては雑作もないことであった。

 

 

 

 

 

 

なんとかして平井さんにお話を伺わなければならない。

 

 

 

 

 

帰るときに平井さんが出馬したときの

 

 

選挙のチラシをいただいたので

 

 

思い切ってインタビューの依頼を出すことにした。

 

 

 

 

「もしよろしければ、インタビュー

 

 

 お願いできないでしょうか?」

 

 

 

 

 

「いいですよ。」

 

 

 

 

 

まじっすか?

 

 

 

 

 

「ちょっと執筆で忙しいのでお時間ください。」

 

 

 

 

 

 

インタビューまでに

 

 

平井さんのことを知らなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

早速、平井さんの書籍、

 

 

『福島 未来を切り開く』

 

 

を購入することにした。

 

 

 

 

 

 

 

スクールウォーズ風のナレーションで

 

 

平井さんのことを紹介すると

 

 

 

 

 

「福島の現状を知るべくゼロから戦いを挑んだ

 

 平井有太さんの記録である。

 

 

 福島で活動するため島根で運転免許の合宿に参加し、

 

 帰りに放射能のことが気になりアポなしで

 

 

 京都大学の小出裕章教授に連絡をとり会いにいく。

 

 

 その後、都内との往復を繰り返しながら

 

 

 最終的には2年半現地に住み生活し、取材を行った

 

 

 記録である。

 

 

 その原動力となった信頼と愛を余すところなく

 

 書籍化したものである。

 

 

 

 

そう、3,11のあと平井さんは福島で活動されたことを

 

『福島 未来を切り開く』を読み知ったのである。

 

 

 

 

 

なぜ、ヨウメイが福島に思い入れがあるかというと

 

 

.11の後、うのら〜から怒られたので

 

 

とても記憶に残っているのである。

 

 

 

 

 

 

原子力発電所。

 

 

 

 

 

日本の電力を支えてくれている生命線であると

 

ヨウメイは信じ込んでいた。

 

 

 

 

 

 

原発が稼働しなくなるということ。

 

 

 

 

 

 

つまりは電力が供給されなくなるということである。

 

 

 

 

 

 

原発は生きていくためには絶対に必要だと思い込んでいた。

 

 

 

 

 

星飛雄馬のごとく。

 

 

 

 

うのら〜と話しているときに

 

 

ふと

 

 

 

「原発は必要か?」

 

 

 

 

と聞かれ

 

 

 

 

「絶対に必要です」

 

 

 

 

と即答した瞬間。

 

 

 

 

 

それまで、仏のうのら〜の表情が

 

 

一瞬で変わった。

 

 

 

 

 

「どあほ! 原発なくても電力は供給されるぞ。

 

 

 放射能問題のことをもっと考えろ。」

 

 

 

 

 

大魔神のごとく大激怒である。

 

 

 

 

普段、穏やかな人ほど怒らせてはいけない。

 

 

 

 

 

ちゃぶ台がひっくり返えされなかっただけよかったが、

 

 

その日の飲み代を払ってもらえなかったことが

 

 

ヨウメイの財政に大きなダメージを与えたことを付け加えておく。

 

 

 

 

 

 

政府の情報を鵜呑みにしていたヨウメイは

 

全く原発のことについて知らなかったので反論できなかった。

 

 

 

 

 

 

原発のことを知らなければならない。

 

 

 

 

そうすれば本当に日本に原発が必要かどうかが分かる。

 

 

 

 

 

その答えは…

 

 

 

ドキュメンタリーは嘘をつくではないが

 

 

政府は嘘をつくである。

 

 

 

 

 

「除染すれば大丈夫ですよ 住めますよ」

 

 

 

 

「危険と分かっていても 

 

 

 特定避難勧奨地点に指定しませんから」

 

 

 

 

 

「1度測量すれば大丈夫ですよ」

 

 

 

 

ドキュメンタリーが嘘をつくのは分かる。

 

 

 

 

編集が入っているからである。

 

 

 

 

 

「真赤なウソ」を歌っていいのはさんまさんだけである。

 

 

 

 

 

政府が真赤なウソを歌ってはいけないのである。

 

 

 

 

 

 

 

政府が調べないなら測量してやろう。

 

 

 

 

 

福島市内の全田んぼと果樹園で、

 

約10万ポイントの放射線量を測った平井さん。

 

 

 

 

 

そのことから土壌スクリーニング・プロジェクトの

 

事務局長になった平井さん。

 

 

 

 

 

アートや音楽が問題の中で躍動し、

 

 

作品や文化が生まれる瞬間に立ち会おうとした平井さん。

 

 

 

 

 

そして、先の見えなかった福島のことを

 

 

考え選挙に立候補した平井さん。

 

 

 

 

 

すばらしい人であることが分かったのであった。

 

 

 

 

 

 

なぜなら、ヨウメイは逃げたからである。

 

 

 

 

 

ヨウメイにとって見えないものほど怖いものはない

 

 

からである。

 

 

 

 

 

 

わざわざ、見えないものを観ようとして

 

 

望遠鏡を担いではいかない。

 

 

 

 

逃げろが常に心情である。

 

 

 

 

 

だから、危険を感じたら逃げればいいのである。

 

 

 

 

 

立ち向かうことも大事だが

 

 

人生も逃げることが大事であると思っている。

 

 

 

 

 

しかし、平井さんの

 

 

『福島 未来を切り開く』を読んでみて

 

 

逃げることは簡単ではないことが分かったのであった。

 

 

 

 

 

逃げたくても逃げれない方々がいるということである。

 

 

 

 

ふらふらしているヨウメイのように

 

簡単には逃げられないのであった。

 

 

 

 

家族や仕事を持っている人々である。

 

 

 

 

子供のことや経済的な問題があり危険な場所と分かっていながらも

 

 

離れることができない理由が

 

 

『福島 未来を切り開く』の中に出てくるのであった。

 

 

 

 

 

 

逃げるには、

 

 

逃げ方と逃げる場所を見つけていなければならない。

 

 

 

 

 

ただし、放射能汚染で日本が終わってしまえば

 

逃げる場所はないのである。

 

 

イスカンダルに行く技術は

 

今の現状ではまだ存在していないのである。

 

 

 

 

それならどうするかを考えなければならないことを

 

ヨウメイに教えてくれた

 

 

『福島 未来を切り開く』であった。

 

 

 

 

 

 

すべてを捨てて戦う男でデビルマンではないが、

 

身の危険を省みず福島で活動した

 

平井有太さんとはいったいどんな方なのか!?

 

 

 

 

VTRを作成したあと、熊本に行き、

 

 

デモと選挙で無力感になり、

 

 

平井さんのいつでも大丈夫ですよというやさしいことばを

 

受け入れ文章の作成が半年以上遅れてしまいました。

 

 

本当にすみません。

 

 

 

 

 

 

 

配信はこちらから

平井有太さんがホセ・ムヒカ 前ウルグアイ大統領にインタビューを行った理由_前編  56分

平井有太さんがホセ・ムヒカ 前ウルグアイ大統領にインタビューを行った理由_後編  54分

26人目のゲストは

ロフト創始者/ロフトプラスワン席亭の平野 悠さんと

ロフトプロジェクトの成宮アイコさん。

 

配信はこちらから

平野 悠さん_前編 62分

平野 悠さん_後編 49分

今後のゲスト予定

これからも魅力的な人にお話を聞いてきます!

1人目のゲスト 加藤 鷹さん

Profile

加藤 鷹(かとう たか)

1959年5月1日生まれ。

秋田県出身。秋田商業高校卒。

高校卒業後、日立に入社。

 

営業職での能力が高く評価され、

ヘッドハンティングされビューホテルに転職。

将来が約束されていたにも関わらず退職。

 

28歳の時、秋田から上京。

             

1988年、AV男優としてデビュー。秘技「ゴールドフィンガー」を編み出し、

26年間アダルトビデオ業界で活躍する。出演したアダルトビデオは10000本を優に超え、

共演した女優は8000人にも及ぶ。

しかし、2013年、惜しまれつつもAV男優を卒業!

現在はタレント活動以外にも書籍を執筆やプロデューサーとして活躍中。

無類の車好き。子供のころには交通量を調査し車のナンバープレートを記録するほど。

これまでに車にかけた費用は1億円!

2人目のゲスト 大原研二さん

Profile

大原 研二(おおはら けんじ)

 

1975年5月18日生まれ。福島県出身。

 

大学卒業後に演劇に目覚め小劇場を中心に役者としての活動を開始。

役者、脚本家、演出など多方面で活躍。

 

 

北野武監督「アウトレイジ」に加瀬亮さん演じる大友組 石原の舎弟役として出演。

流暢な英語でのセリフをしゃべり、顔に似あわぬ存在感ある役を好演する。

 

現在は演劇界の直木賞「岸田戯曲賞」をとるであろうと言われている

天才演出家、谷賢一さんの率いる劇団「DULL-COLORED POP」の看板役者。

 

一方、「図書館戦争」や「阪急電車」などを執筆されている

有川浩さんの主宰する演劇ユニット「スカイロケット」にも

客演として第一回公演の「旅猫リポート」に出演。

 

有川浩さんの書籍「シアター」「シアター2」に登場する劇団「シアターフラッグ」の役者、

黒川、泰泉寺のモデルは自分かなと思っている。

 

NHKラジオでのラジオドラマ「旅猫リポート」への出演も決まり、今、注目の役者の一人である。

 

http://www.oharakenji.com/

 

 

NHK オーディオドラマ 青春アドベンチャー
『旅猫リポート』(全10回)
原作・有川浩
2014
331日(月)〜44日(金)午後1045分〜午後11時(1
5回)
2014
47日   (月)〜411日(金)午後1045分〜午後11時(6
10回)
NHK
 FMにて
詳しくは
http://www.nhk.or.jp/audio/

 

 

 【出演情報】

 

DULL-COLORED POP 14回本公演

 

 『河童』

 

作・演出: 谷賢一

原案: 芥川龍之介

 

2014/7/18(金)〜7/27(日) @吉祥寺シアター

 

DULL-COLORED POP ホームページ 

 

http://www.dcpop.org/

 

 

 

3人目のゲスト ろびんそんさん

Profile

多摩川のロビンソンクルソー ろびんそん(仮名)

 


1940年6月10日生まれ。秋田県出身。

某コンピューター会社勤務。しかしが会社が不渡りを出す。

その時に意を決しコンピューター会社を退社。

ふらふらした後、廃品回収業に携わる。

 

当時生活していたところが立て壊しになるため次の住居として選んだのが

多摩川の河川敷。

川の氾濫やブルドーザーで家が2回も破壊される。

それにもめげず廃材で家を建て現在に至る。

 

数種類の野菜や果物を植え、自給自足の生活を営み

電気は発電機を使用し自家発電。

 

家の中にはテレビや電子レンジなど電化製品が多数あり何不自由のない生活を送る。

水は天水(雨水)を飲用し、ご本人曰く、水道水より体にいい純水を飲んでいるとのこと。

  

 

動物の世話も好きで猫やはとを飼っている。ろびんそんさんも動物の世話をするが

ご近所の主婦の方もえさをやりにくるほど地域の人々との交流も盛んに行っている。

 

タケノコが生える季節やびわなどの果物がなると住民の方々にお裾分けするほどやさしくて人がいい。

 

坂口恭平氏の著書「ゼロから始める都市型狩猟生活」にも登場するカリスマ0円生活者!

 

 

4人目のゲスト 月花さん

PROFILE

月花(Tsukika)

 

 

12月21日生まれ。福岡県出身。O型。

 

博多に住んでいたころにスカウトされ女王様になる。

その時に出会ったお客さんの数は1万人を超える。

 

98年、女王様を引退。 

 

 

 

女王様の時から人が集まれる場所を作りたいという思いがあり、渋谷でバーを経営。

 

最初は赤字経営であったがやがて20歳~80歳までの幅広い客層に支持され黒字経営に。

 

お金を儲けることよりも人との出会いを大切にし、常に人から学ぶ姿勢を持つ。

多くの人と出会ってきた経験から人の洞察力に長けている。

 

最近では、映画やドラマなど、役者の演技指導を頼まれ、多忙な日々を過ごす。

園子温監督の「愛のむきだし」では、出演とキャスティングに両方に携わる。

 

映像作家、監督、タレント、舞台プロデュース、マンガ原作など多才な顔を持つを

マルチクリエイター。

 

ファンからの呼び名は「残虐天使」。

 

 

月花さんHP

 

http://www.tsukika.org/

 

 

 

 NOTTV
『女王様のおもてなし』好評配信中

 

 

5人目のゲスト ドクタークラレさん

PROFILE

ドクタークラレ

4月1日生まれ。 京都府出身。

 

 

血液型B型。

 

 

 

爆笑秘密結社「薬理凶室」の室長。

 

 

通巻15万部以上のベストセラー理系書

『図解アリエナイ理科ノ教科書』(略称:ア理科)シリーズを執筆。

 

 

 

 

2000年に担当したサブカル雑誌「危険な28号」は

国内の18都道府県から有害指定図書という伝説を生み廃刊に。

 

 

生物化学分野の才能に突出しており、特殊な事件での捜査協力、

またドラマやイベントなどの監修企画にも携わる。

 

 

 

 

クラレ先生は本人は「自分は凡人」と否定されるのだが、

 研究対象が見つかると理解できるまで研究。

 

 

最終的には人に説明できるまで理解している本当の天才!

 

 

 

尊敬する人はボヤッキーとマシリト博士と岸和田博士とノヴァ教授。

 

 

 

 

格闘ゲーム(現在は『ギルティギアXrd』『USF4』)と

漫画が好き(最近のだと『愛気』、『地獄のアリス』、『フランケンふらん』等)。

 

 

 

近日、マイナビニュースの食品連載とビジネスジャーナルの薬局商品選びの連載が単行本化が予定。

さらに続々と執筆中らしい。

 

 

 

本人のWEBサイト http://www.cl20.jp/R/

 

 

 

6人目のゲストはローリング内沢さん

Profile

ローリング内沢(Rolling Uchizawa)

1970年生まれ。 44歳 東京都出身。

 

ライター、編集者、コラムニスト、ゲーム批評家。

 

ゲーム情報誌「週刊ファミ通」の編集者を経て、

2000年4月よりフリーのライターとして活動。

 

好きなゲーム 『フォールアウト」 「バトルフィールド」など。 

 

ゲームの腕前は神様級ではないが、

誰にも負けないほどゲームを愛している。

 

 

そして何よりも、ゲームのおもしろい、おもしろくないに関しては、

人によってぶれない強い信念を持っている。

 

好きな音楽はクラブミュージック。

隔月に一度のクラブイベント「ATTACK OF THE MIRROR DISCO」ではDJを努める。

 

ライターの講師やクラブイベントのプロデューサーとしても活躍中!

7人目のゲストは中野昭慶監督

Profile

中野 昭慶 (なかの てるよし) 

1935年10月9日 生まれ

 

満州安東県出身。

 

日本を代表する特技監督。

 

代表作

「日本沈没」「ゴジラ(1984)」

「メカゴジラの逆襲」など

 




少年時代、日本の敗戦とともに飛び交う銃弾の中をくぐり抜け、

福岡県博多に引き揚げてくる。


 

日本大学を卒業後、東宝砧撮影所に入社。


 

「ウルトラマン」「ゴジラシリーズ」などを手がけた

日本の特殊撮影技術の神様、円谷英二氏に師事する。



東宝の3代目の特技監督に就任する。



「爆破の中野」と呼ばれるほど、大量の火薬を使用した映像は必見である。


特技監督として数々の撮影手法をあみだし日本の映画界に多大な影響を与え


多くの人々を魅了し続ける未だ現役の映画監督。



著書 「特技監督 中野昭慶」 発売中!

8人目のゲストは月詠真夜さん

Profile

月詠真夜(つくよみ しんや)

1216日生まれ


東京在住デザイナー兼イラストレーター

 


某有名私立大学理系を卒業した

何故か全く違業種に


デザイン業を営みつつも電子回路設計、トレーナーなど面白いと思えば

何でもやってしま気質が災いしてかスペシャリストといよりもゼネラリスト気味で

裏方で何かしていることが多い

 

ゲームと映画アニメ漫画音楽をこよなく愛する

炭酸飲料とお酒がないと生きていけない

 

漫画やアニメを科学的に考証することが生きがい一つ




漫画ベスト3(最近):「ドリフターズ」(人生捨てがまり)血界戦線」(技名を叫んでから殴る)

            「巨悪学園」(つまり死)

アニメベスト3:「銀河英雄伝説」(永遠名作主に声優陣が) 

         「コクピット」(これで軍事好きに)

         「鬼灯冷徹」(最近一押し)

ゲームベスト3:「ストリートファイターⅢ 3rd」(墓まで持って行く)

         「アンチャーテッドシリーズ」(神様サンキュー)

         「フロムソフトェアゲーム」(脳がコジマ粒子に汚染されてる)





お仕事の依頼は月詠さんのホームページから

http://www.tragicmoon.com/


 

9人目のゲストはシェルパ斉藤さん

Profile

シェルパ斉藤 (しぇるぱさいとう)

1961325日生まれ

 

長野県出身

 

バックパッカー、紀行作家、


いろんな手段で地球を旅する自由型の旅人。



現在は山梨県の八ヶ岳山麓で田舎暮らしを楽しみつつ、

国内外の旅に明け暮れる。



カフェTeam Sherpaのオーナー。



素敵な自作のログハウスに在住。


 

野営道具を背負って地球を歩いて旅するバックパッカーで

耕うん機の旅や犬と一緒にヒッチハイクの旅など

他に人がやらない旅を行っている。



 

小学館のアウトドア雑誌「ビーパル」で好評連載中の人気作家。

 

 


著書

『シェルパ斉藤の行きあたりばっ旅』

『耕うん機オンザロード』

『犬連れバックパッカー:シェルパ斉藤と愛犬ニホの旅物語』など著書多数

 

 

ホームページ http://www.eps4.comlink.ne.jp/~sherpa/

10人目のゲストはバルーンパフォーマーの風船太郎さん

Profile

風船太郎(ふうせん たろう)

1968713日生まれ。

 

岐阜県出身。

 

大道芸人 バルーンパフォーマー。

 

静岡大学工学部機械工学科に進学。

在学中にワーキング・ホリデーでカナダへ。

 

旅行中にジャグリンと出会う。

 

 

大学を卒業後、大手建設機器メーカーに就職するも、

社長になる夢を持ち転職。

 

 

2005年に有限会社風船太郎を設立。

 

バルーンパフォーマーとして愛車の風船太郎号で

 全国の保育園や幼稚園をまわる。

 

 

風船を使い、一瞬で子供たちの心をつかみ笑顔にするパフォーマンスは

泣いてる子供を一瞬で泣き止ませるタケモトピアノCM以上。

 

 

数ヶ月先まで予約で埋まっている

日本一多忙なバルーンパフォーマー。

 

 

バルーンショーの予約は

 風船太郎さんのホームページから

 

http://www.2000taro.com/


11人目のゲストは声優・ナレーターの岡崎弥生さん

Profile

岡崎 弥生(おかざき やよい)

3月28日生まれ

 

和歌山県出身

 

 

声優・ナレーター・MCとして、イベント、

コンサート、テレビ・CMで活躍中。

 

 

 


大学を卒業し、中学・高校英語教員免許状を取得し中学の講師を務める。

子供たちから多くの愛情を頂き、教えるためにはもっと英語力が必要と感じ

通訳学校へ入学し英語を学び直す。

 

 

そして週一回、方言を直すためアナウンス学校へ通う。

 

 

しかし生活苦が引金になるが、しゃべるのが苦手なのにも関わらず、

アナウンスの世界へ入りお仕事を受ける。

 

 

そして、紆余曲折あったものの様々な方面で声優・ナレーターとして活躍中!!

 

どんくさいと本人は言っているが

高校のときソフトテニスで県2位に入賞するほど

スポーツは万能。ゴルフも相当の上前?!(プロを目指さないかと誘われるほど)

 

 

才能はないがそれを知っているので

何事も専念し努力することが心情。

 

 

学生時代専念して学んだ英語は、通訳者を目指したことも・・・。

 

ソフトで響く声で子供から大人までの役をこなす。

 

好きなアニメのキャラクターは峰 不二子。

 

そして、岡崎さんにはある秘密が…

12人目のゲストはプロレスラーの藤原喜明組長。

Profile

  藤原喜明 (ふじわら よしあき)

1949年 4月27日生まれ

 

岩手県出身。

 

 

プロレスラー。

 

 

学校法人日本医科学総合学院理事長。

 

 

 

俳優、声優、タレント、エッセイストとしても活躍中。

 

 

陶芸、盆栽、イラスト等の特技も多彩。

 

 

高校卒業後、サラリーマンや板前を経て

23歳で新日本プロレスに入門。

 

 

1972年、藤波辰巳選手との試合でプロレスデビュー。

 

 

カール・ゴッチ氏に師事し、関節技をはじめとする技術を学ぶ。

 

 サブミッションレスリングに傾倒し、

その実力者ぶりから「関節技の鬼」としても知られる。

 

 

藤原組長の門下生はプロレス界に多数存在。

 

 

2007年、胃がんが見つかる。

手術に望むも、手術前の麻酔には打ち勝てず、一本負けをきっする。

 

 

しかし、ガンと闘う手術においては

無敵の肉体を誇る藤原組長が勝利。

 

 

 

出演したテレビ番組、映画、Vシネマは多数。

藤原組長が出演された役の台詞は体に刻みこまれ、

いつでも演じられるほど。

 

 

 

人気テレビゲーム「龍が如く」シリーズでは伝説の情報屋

「サイの花屋」役としてレギュラー出演中。

 

 

テレビドラマ 

毛利元就(1997年 NHK大河ドラマ) 村上虎吉役

 

クロヒョウ2 龍が如く 阿修羅編(2012年、毎日放送) -サイの花屋

 

孤独のグルメ Season4  10話(2014年、テレビ東京)-主人 役 

 

 

映画     

 

御法度(1999年)

       

修羅がゆく(1995 - 2000年)

                 関西光和会会長・大門重雄 役  など出演作多数

 

 

 

著書     

 

復刻 幻の藤原ノート「ゴッチ教室」の神髄(200912 講談社)

 

覚悟ー人生60年、覚悟が生死をわけた!ー(20103 ビジネス社) 

                          など著書多数

 

13人目のゲストはお笑い芸人のホーキング青山さん。

Profile

ホーキング青山 (ほーきんぐあおやま)

1973127日生まれ

 


お笑い芸人、作家、俳優。



『訪問介護事業所ENJOY』オーナー。

 

先天性多発性関節拘縮症のため、

生まれたときから両手両足が使えない。

 


高校生の時から電動車いすで南野 陽子さんや

プロレスラー・天龍 源一郎選手の追っかけになる。


 

また立川 談志さんや高田 文夫さんのお笑いライブに通いつめるほどのお笑い好き。



 

中学、高校時代に 『ビートたけしのオールナイトニッポン』を聞き

大ファンだったビートたけしさんに憧れる。



 

お笑い好きが興じて19946月に大川興業主催の

若手芸人コンテスト『すっとこどっこい』で、


 

"史上初の身体障害者のお笑い芸人" 「ホーキング青山」としてデビュー。


 

同年12月、『NONFIX-青山 世多加-(フジテレビ系)が放映され

『放送文化基金ドキュメンタリー部門奨励賞』を受賞。



 

20022月にビートたけしさんが審査委員長を務める東京スポーツ新聞社の

 『第2回ビートたけしのエンターテインメント賞』で『日本芸能大賞』を受賞。

以降、デビュー前からの憧れだったビートたけしさんに懇意にしていただく。




同年秋、北野武監督作品『Dolls』で映画初出演。



 

神田神保町のらくごカフェにて毎月ライブを開催。


 

従来の漫談に加え、落語や講談、一人コントにも挑戦中。


 

20094月に『訪問介護事業所ENJOY』を設立。

障害者の目線による理想の介護を目指し奮闘中。

 



著書   『差別をしよう!(エッセイ集) 河出書房新社

 

         『日本の差法』(ビートたけしとの対談集

 

         『笑え!五体不満足』

 

         『言語道断!―ホーキング青山自伝』など

 



映画    Dolls(2002)

 

    白カラス(2008)

 

    暗闇から手をのばせ(2013)

 


ホーキング青山さんホームページ
http://www.hawkingaoyama.com/


14人目のゲストは5万回斬られた男、俳優の福本清三さん。

profile

 

福本 清三(ふくもと せいぞう)


1943年2月3日生まれ

 

 

兵庫県出身。

 

 

俳優。

 

 

15歳で東映京都撮影所入社。

 

撮影所所属の大部屋俳優となる。


 

主役の代わりにスタントマンとして危険な崖落ちを見事演じ、

監督からほめられたことで演じることの楽しさに気づく。


 

しかし、始めてセリフを貰った時、

本番でうまく言えなかったことを機に

しゃべれないなら動きで、人々を魅了するような演技ができるようになろうと、

斬られ役を極めることを心に決める。

 

 

「仁義なき戦い」の撮影時、深作欣二監督に

演技について細かく指導されたので

撮影後、演技のことについて相談すると

 

 

「映像の中で福本一人遊んどったら画がこわれる」

 

と教えられる。

 

 

それ以降、「例え死ぬにしても楽して死んだらあかん」

 

 

と心に決め、殺され方、死に方をひたすら研究。




日本中に一人だけでも良い。

福本清三を見ていてくれるファンを作ろうと思い

俳優を続ける。


 

そして、斬られ役として映像にはほんの一瞬しか映らないが

個性のある顔立ちと、斬られる時の印象的な演技が注目を集める。

 

 

ファンの一人が「探偵!ナイトスクープ」に依頼したことで

斬られ役の先生として「徹子の部屋」出演。



斬られ役という職業を世に広めるきっかけとなる。

 

 

定年間近の60歳のとき、ハリウッド映画「ラストサムライ」に出演。

トム・クルーズ氏と共演。

演じた寡黙なサムライ役が好評を得る。

 

 

70歳で初主演した映画「太秦ライムライト」は

第18回ファンタジア国際映画祭で日本人初となる最優秀主演男優賞を受賞。




斬られ役人生50年以上。




通称 5万回斬られた男。


 

 

70歳を超えられて演技力に魅力が増し、

映画、ドラマ、CMにと多方面にて活躍中。


 

東映剣会所属。

 

 

最新出演作は時代劇専門チャンネル/オリジナルドラマ『チャンバラが消えた日』。

 

 

 

出演

 

映画

仁義なき戦い  

蒲田行進曲  (1982年) - 大部屋時代劇役者

ラストサムライ (2003年) - 寡黙なサムライ

太秦ライムライト (2014年) - 主演・香美山清一

                          など出演作多数

 

 

ドラマ

大岡越前

水戸黄門

暴れん坊将軍

遠山の金さん                      など多数出演

 

 

CM

 

サントリーBOSSコーヒー(20084-放映)

Wii Sports Resort20096-放映)「岡村隆史 VS 福本清三」編

日清食品「日清カップヌードル 現代のサムライ篇」(20144-放映)など

 

 

著書

どこかで誰かが見ていてくれる ―日本一の斬られ役・福本清三 創美社

 

おちおち死んでられまへん ―斬られ役ハリウッドへ行く 創美社

 

 

「東映剣会公式ページ」

 

http://www.toei-kyoto.com/ 


 

15人目のゲストは映画・ドキュメンタリーのカメラマン、映画監督の山崎 裕さん。 

profile

 

山崎 裕(やまざき ゆたか)

 

1940年 生まれ。

 

 

 

 

東京都出身。

 

 

 

 

日本大学芸術学部映画学科卒。

 

 

 

カメラマン、ディレクター、プロデューサー

 

映画監督、撮影監督。

 

 

 

株式会社ドキュメンタリージャパン代表取締役。

 

 

株式会社いちまるよん代表取締役。

 

 

 

 

少年時代、家庭に映写機があったことでアニメーションの作品や

時代劇の作品を友達と一緒によく鑑賞。

 

 

 

 

中でもロードショーが好きで銀座や日比谷の映画館に一人で通い、

ジョン・フォードを始めとする西部劇の作品の虜になる。

 

 

 

 

その影響もあり小学校の時から映画をやろうと心に決める。

 

 

 

 

高校の時、脚本が書けないと映画監督になれないことを知り、

 

撮影を学びカメラマンになるため

日本大学芸術学部映画学科に進学することを決める。

 

 

 

 

特にどんなジャンルのカメラマンになろうかはっきりとは決めていなかったが、

 

 

 

 

卒業間近、国語の教師に

 

「一番オモシロい対象は人間だぞ」

 

と教えられたその一言が心に残る。

 

 

 

 

1960年、安保闘争のとき、安保を記録する会の

 

野田真吉さんや富沢幸男さんが撮影するなか、

 

日大映研にも学生たちにも撮影させようということで

フィルムが回ってきたことで、

記録映画『19606 月安保への怒り』の撮影を担当する。

 

 

 

 

石川県の観光PR映画「石川の四季」で

 

仕事として、撮影助手を努める。

 

 

 

 

卒業後はフリーの撮影助手として活動。

 

 

 

 

1964年、24歳のときに、

 

日本画家の中村正義さんが監督を努めた

 

「日本の華 肉筆浮世総」で

 

フイルムカメラマンとしてデビュー。

 

 

 

 

以降、CMPR映画、記録映画、テレビの撮影にかかわる。

 

 

 

 

1977年、ビデオが普及しだした頃、

 

ビデオカメラによるドキュメンタリー番組づくりを

 

積極的に行う。そのころにドラマの撮影にも携わる。

 

 

 

 

1986年、制作会社ドキュメンタリージャパンに役員として参加し、

プロデューサー、ディレクターを兼任。

 

 

 

 

 

1988年、是枝裕和監督の「ワンダフルライフ」で

劇場用映画の撮影を担当する。

 

 

 

 

以降、ドキュメンタリー映画から劇場映画の撮影監督を努める。

 

 

 

 

70歳で劇場映画「Torso トルソ」を自らが監督、撮影を行う。

 

 

 

 

2010年 から「座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル」の

プログラムディレクターも務める。

 

 

 

 

75歳を越えられた今もカメラを持って、テレビドキュメンタリー、

映画の撮影に奮闘中!

 

 

 

 

 

主な番組・作品

 

撮影

 

『ワンダフルライフ』 1999

 

DISTANCE』 2001

 

『誰も知らない』 2004

 

『カナリア』 2004

 

『花よりもなほ』 2006

 

『恋するマドリ』 2007

 

『歩いても 歩いても』2008

 

『たみおのしあわせ』 2008

 

『俺たちに明日はないッス』 2008

 

『狛Koma』 2009

 

ANPO』 2010

 

『奇跡』2011

 

『 裸の夏』 2011

 

『ニッポンの嘘 報道写真家 福島菊次郎90歳』

 

『フタバから遠く離れて Nuclear Nation

 

2012

 

『樹海のふたり』『ひろしま 石内都・遺されたものたち』2013

 

2つ目の窓』 2014

 

 

 

監督作

 

Torso トルソ』 2010

 

16人目のゲストは気功太極拳普及協会 理事長、師範の山田充宏さん。 

profile

 

山田 充宏(やまだ みつひろ)

愛知県出身。

 

8月15日生まれ。

 

中京大付属中京高校卒業。

 

 

NPO法人気功太極拳普及協会 理事 

太極拳練功会 主宰。

 

高校時代は強豪校でサッカー部に所属。

 

インターハイを目指してひたすら練習に励む。

 

高校卒業後は自衛隊に入隊。

 

趣味で武術を始める。

 

体が小さくても大きな人に勝てるコトはできないかという思いから

武術家をはじめ、超能力者など100人以上の達人に会う。

 

20歳のときに気功の達人に出会い、外弟子になり道場に通う。

 

2年後、師範から『内弟子にならないか』と認められる。

 

師範の内弟子を2年間努める。

 

山にこもるなどして気功を修練し、わずか4年で習得。

 

その後は富士通の子会社に契約社員として入社。

 

仕事が楽しくなり、周りの人に人柄も気に入られ

社員への道もあったが、気功太極拳を広めたいと

いう思いから断り、山田太極拳の教室を開く。

 

中国武術段位6段

 

2012 日中韓国際交流大会 日本代表 

 

 総合太極拳 銀メダル 二位

 

2014 香港国際武術大会 金メダル

 

国内・海外の大会において優秀な実績を残す

 

また、気を用いた治療を行い、ガン・うつ病などの疾患者を救う活動も行っている。

 

その方法や気を10倍高める方法などを全国で  セミナー・講演をしながら

気功太極拳の普及活動を行っている。

 



18人目のゲストはまさだ療術院のエネルギー療術士、正田篤司さん。 

Profile

正田 篤司 (まさだ あつし)

 

 

 

1969年3月6日生まれ。

 

                大阪府出身。

 

 

 

 

まさだ療術院・エネルギー療術士。

 

ABSベーシック・コース認定講師。

 

 

大阪府立大学総合科学部 数理科学卒業後、

 

日本アイビーエム入社。

 

 

銀行業務開発SEとして入社し

 

上級ITスペシャリストとして活躍。

 

 

ソフトウェア事業部 部長職になるが

2013年12月退社し

新事業を始める。

 

 

 

幼稚園までは破天荒な子供だったが

小学校で仲間外れにされたことで、

社会人まで人の目を気にする人生を過ごす。

 

 

しかし、母親の死をキッ カケに寄り処がなくなり、

気持ちのスイッチを切り替えることを決める。

 

失敗を積み重ねながらも親切丁寧な対応を心がけ

積極的に話をするようになったことで

徐々に顧客からの信頼を得るようになる。

 

 

そのことが自信につながることとなった。

 

会社員の頃は、相手に勝つことが存在意義だった。

 

ITスキル、昇進、麻雀、将棋、ダイビングなど

やることには徹底的にこだわった。

 

しかし、人との比較は重要ではないと気づき

損得抜きで人と接するように気持ちが変わった。

 

そして、ひとはやればできるという自分の経験から

自信のない人を救いたいと思い転職を決意。

 

 

 

自分で事業を始めることを決める。

 

人はやればできる!

 

 

多くの人はやらずにてきないと決めこむ。

 

しかしやればできる!

 

 

自信を持ってほしい。

 

 

そう思うだけで人生は変わる!

 

 

誰でも無限の可能性を秘めているので

そのチカラに気づいてもらうための

お手伝いをするため

日本国中のクライアントのもとへ足を運んでいる。

 

 

 

【まさだ療術院】

https://sites.google.com/a/amasada.com/energy2/home

 

【アクティブ・ブレイン・セミナー】

http://www.oda-abs.com/teachers/detail/087/

20人目のゲストはサラリーマン『転覆隊』隊長、環境マンガ家の本田 亮さん。 

profile

 

本田 亮(ほんだ りょう)

1953年3月30日生まれ。

 

 

 

 

東京都出身。

 

日大芸術学部写真学科卒業。

 

 

 

 

 

CMプランナー。

 

 

元電通エクゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター。

 

 

 

サラリーマン「転覆隊」隊長。

 

 

 

環境マンガ家。

 

 

 

写真家。

 

 

 

作家。

 

 

 

 

 

 

小学生のころは3月30日生まれという事もあり

 

体が小さく、泣き虫で女の子に泣かされるほどの弱虫。

 

 

 

子供の頃から自然の中で遊ぶ事が好きで、

 

高尾山にしか登った事がなかったが高校では山岳部に入部。

 

 

 

 

また、当時はやっていたキックボクシングにはまり

 

キックボクシング部を作る。

当時のリングネームはウルフ本田。

 

 

 

 

大学を受験する時に進学する事に疑問を抱き、

 

高校3年の途中で受験勉強をやめ読書に没頭する。

 

 

 

 

そのとき、1冊の本に出会い、人生について考得させられ、

受験の直前で進路を日本大学芸術学部写真学科に決めるが試験で落ちる。

 

 

 

 

写真家になる夢をかなえるため浪人生になる。

 

 

 

 

しかし、すぐ受験勉強に専念する事なく、

カメラを購入するためアルバイトを始める。 

 

 

貯金がたまり念願のカメラ購入後、受験勉強に専念。

 

 

 

 

落ちたらどうしようと思いながらも、日大芸術学部写真学科を受け、

20倍を超える競争率だったが見事合格。

 

 

 

 

写真家への第一歩を踏み出す。

 

 

 

 

転機は、カメラアシスタントのアルバイトをしたとき、

 

CMプランナーがカメラマンにいろいろ注文しているのを見て腹がたち、

 

 

「あの偉そうな人、何なんですか!?

 どうして言う事聞かなければならないんですか」と

 

 

カメラマンに言ったところ

 

「君はカメラマン向きではないよ」

 

と言われ、考えた末、CM制作へ進むことを決める。

 

 

 

 

大学卒業後、電通に入社。

 

 

 

世間知らずで傍若無人な性格だった為、

 

会社の人や仕事先の人に怒られまくる。

 

 

 

 

その当時のお母さんの言葉は、

 

「絶対にクビにならないで」

だったらしい。

 

 

 

 

その後はCMプランナーとして活躍。

 

 

 

 

「ピカピカの1年生」を始め、

数々のテレビCMを手がける。

 

 

 

 

昔から自然が好きだったこともあり、

仲間3人とカヌーで川下りを始めた事がきっかけとなり、

 

「転覆隊」を結成。

 

 

日本一ヘタなカヌーチームの隊長に就任。

 

 

 

 

パリダカールラリーを追いかけサハラ砂漠を訪れた時に、

砂漠の真ん中で大量の貝殻を目にする。

 

その事から環境問題の事を考え始め自分にできる事は何かを考え、

環境マンガを描く事を決意。

 

 

 

 

3ヶ月をかけようやく最初の1枚を完成させ、

 

1年後には銀座初の個展を開く。

 

 

 

1991年には環境マンガ「エコノザウルスが行く」

 

が出版される。

 

 

 

 

2011年、電通を早期退職。

 

 

 

現在も転覆隊の隊長としてアウトドア雑誌「ビーパル」での連載をつづけながら、

環境マンガ家として全国で「エコノザウルス」展を開催中。

 

 

 

受賞歴 

 

テレビCMでカンヌ国際広告賞。

 

ラジオCMACC

 

写真でAPA

 

イラストでニューヨークADC

 

マンガで読売国際漫画大賞

 

コピーで読売ユーモア広告大賞

 

クリエーティブディレクションで朝日広告賞、ギャラクシー賞

 

社会貢献活動でJC地球環境大賞 など

 

 

 

書籍

 

『僕が電通を辞める日に絶対伝えたかった79の仕事の話/大和書房』

 

『ママチャリお遍路1200km/小学館』

 

『悪ガキオヤジが川に行く!/小学館』

 

『サラリーマン転覆隊が行く 上・下/小学館』

 

『サラリ-マン転覆隊が来た!/小学館』

 

『環境マンガ集 エコノザウルが行く!』(学研)

 

『あんたも私もエコノザウルス』(小学館)など

 

 

 

本田亮さんホームページ

 

http://ryohonda.jp/

 

 

 

サラリーマン転覆隊

 

https://www.facebook.com/tenpukutai1988

 

 

22人目のゲストは映画監督の原 一男さん。

profile

 

原 一男(はら かずお)

 

1945年6月8日生まれ。

 

 

 

山口県出身。

 

 

 

東京綜合写真専門学校中退。

 

 

 

映画監督。大阪芸術大学映像学科教授。

 

 

 

子供の頃から映画好きで、小学生の頃から

 

学校の決まりを破ってまで映画館に通うほど

映画好き。

 

 

 

高校に進学する気はなかったが母親のススメで

 

どうしても高校だけは卒業してほしいという

 

思いから定時制高校に進学。

 

 

 

昼間はアルバイトをするものの職を転々とする。

 

 

 

4回目で見つかった新聞社でのアルバイトで

 

写真の撮影に携わる。

 

 

 

高校卒業後上京し、新聞配達を続けながら

 

東京綜合写真専門学校に通うが、

学業との両立ができずに専門学校を中退。

 

 

1971年 田原総一郎さんの作品『日本の花嫁』にリポーター役で出演。

 

 

 

1972年 小林佐智子さん(現夫人)と共に疾走プロダクションを設立。

      同年ドキュメンタリー映画『さようならCP』で監督デビューする。

 

 

 

1974年 『極私的エロス・恋歌1974』発表。

 

 

 

1987年 『ゆきゆきて、神軍』を発表。

      日本映画監督協会新人賞、ベルリン映画祭カリガリ賞、

      パリ国際ドキュメンタリー映画祭グランプリ受賞。

 

 

1994年 『全身小説家』キネマ旬報ベストテン日本映画第1位。

 

  

 

 

監督作品

 

さようならCP (1972)  

  

 

極私的エロス 恋歌1974 (1974) 

  

 

ゆきゆきて、神軍 (1987)

 

 

全身小説家 (1994)

 

 

わたしの見島 (1999年「CINEMA塾」生の共同監督作品) 

   

 

学問と情熱 高群逸枝(2000年)

 

 

またの日の知華 (2004)

 

 

ニッポン国泉南アスベスト村(2016年)

 

 

原 一男監督のホームページ

http://www.docudocu.jp/

 

 

23人目のゲストは演劇集団キャラメルボックス 製作総指揮 加藤昌史さん。

profile

 

加藤昌史(かとう まさふみ)

1961年10月25日生まれ。

 

 

 

東京都出身。

 

 

 

早稲田大学教育学部

教育学部教育学科教育学専修。

 

 

 

演劇集団キャラメルボックス 製作総指揮・音楽監督。

 

 

 

株式会社ネビュラプロジェクト 代表取締役社長。

 

 

 

株式会社ネヴァーランド・アーツ 代表取締役社長。

 

 

中高一貫教育の私立中学に入学するも

 

途中で勉強が分からなくなり、成績が下がり始める。

 

 

 

唯一の楽しみは放送部で活動すること。

 

 

放送部ではVTRデッキとビデオカメラを使いテレビドラマを制作したり

mmフイルムで撮影し映画を制作する。

 

 

 

部員と一緒に協力し文化祭で発表した作品が校内で賞を受賞。

 

 

 

そのことがきっかけで、人から認められる喜びを知る。

 

 

 

映画や音楽など様々なジャンルに精通した友達が多かった。

 

 

 

話題についていくためだけに、映画館に通う日々を送る。

 

 

 

一日に5本の映画を鑑賞したこともあるほど。

 

 

 

そして、映画の待ち時間を使っては読書に没頭する。

 

 

 

ロックバンドを結成しバンド活動にも励む。

 

 

 

音楽では衝撃を受けたのはKISS。

 

 

ライブを観に行くため

 

朝の5時からチケット売り場に並ぶほどの大ファン。

 

 

 

 

 

しかし、友人が歌うフォークソング(かぐや姫)を聞き、

 

その日のうちにロックバンドを解散。

 

 

 

フォークグループに入る。

 

大好きだったのはオフコース。

 

 

 

小田和正さんの詩に魅了される。

 

 

 

家庭の事情で高校3年の時に長崎の高校に転入。

 

 

 

転入当時、東京から来た転校生ということと

 

髪の毛が肩まであったこともあり、

 

「きゃぶっとる」(カッコつけている)と言われ

 

同級生からは引かれていた。

 

 

 

しかし、転入早々行われたテストで化学で0点をとったことが

 

きっかとなり一躍校内の人気者に!

 

 

 

学年内で話題にはならなかったが世界史は8点をとっていた。

 

 

 

先生に頼まれたこともあり、転校先でも放送部に入部。

 

 

 

入部した放送部の同級生が標準語で発生練習をするのを聞き

 

コレまで自分が話しているのが標準語だと

 

思っていたことが間違いだと気づく。

 

 

 

高校3年の夏まで放送部で活動を続ける。

 

 

 

秋の進路指導の時に

 

 

「早稲田大学に進学します。」

 

 

と面談で言ったところ先生が固まってしまい、

 

 

「ひとつだけ入れるところがあるからそこに進学しろ」

 

 

と勧められるが断る。

 

 

 

早稲田大学に進学することを心に決めていた。

 

 

 

しかし当時の成績は全国模試で10何万人中

 

後から数えた方が早いほどの順位。

 

 

偏差値はなんと32。

 

 

 

浪人することが決まった時に

一切、自分のあまえを断ち切る。

 

 

 

朝4時に起き、始発電車に乗り

代々木ゼミナールに通う。

 

 

 

そして予備校の門が開くまで単語帳や参考書に目を通し

 

開門後には自習室で授業の予習に励む。

 

 

 

授業中は一番前の席に座り授業を受け、

 

授業が終わった後はまた自習室で勉強し帰宅。

 

 

 

1日16時間時間以上、勉強に時間を費やす。

 

 

 

1年後、早稲田大学教育学部に見事!?合格。

 

 

 

入学後、高校の時のから尊敬していた先輩、

 

鈴木聡さん(劇団ラッパ屋)の「劇団テアトロ50‘」

 

の舞台を観に行く。

 

 

 

これはかなわないと思い、別のジャンルで魂が奮えるものを探し、

いろいろなサークルに入部。

 

 

 

大学2年のとき、成井豊さんの「キャラメルばらーど」

 

を観て感動し号泣。

 

 

 

 

成井豊さんの舞台を100万人に観てもらうと心に決めた

ときの観客数は1000人(充分プロで活動できる)にも満たなかった。

 

 

 

 

社会人劇団として活動を開始し

年2回の公演を行っていた。

 

 

 

公演ごとに驚異的な観客動員数を記録し、

 

1988年プロとして「演劇集団キャラメルボックス」の活動を開始する。

 

 

 

劇団結成時から

 

 

「公演初日に完成した舞台をお客さんに届けることができなければ

 劇団を解散する」ことを公言。

 

 

 

「お客さんのことを『キャクと呼ばない』」

 

 

「劇場でパンフレットを落としたお客さんがいたら

 新しいパンフレットに直ぐに取り替える」

 

 

など当たり前のことを演劇界に広める。

 

 

 

スタッフの方々には恐怖!?の一言

 

 

 

「いいこと思いついたっ!」。

 

 

 

演劇界で初となる上演時間が半分の「ハーフタイムシアター」や

 

公演当日の10時から開演1時間前まで

 

特定のチケット売り場で購入すると

 

通常料金の半分の料金で観劇できる

 

「ハーフプライスチケット」を導入。

 

 

 

キャラメルボックス サポーターズ クラブでは

 

入会金2000円以上の特典がつくサービスを行い、

 

逆に会社に赤字がでるほど。

 

 

 

 

 

株式会社ネビュラプロジェクト 代表取締役社長、

 

株式会社ネヴァーランド・アーツ 代表取締役社長であり、

 

演劇集団キャラメルボックス 製作総指揮、音楽監督を務める。

 

 

 

これまで4000ステージ以上、開演前に舞台に立ち、

お客さんに観劇マナーを伝える前説を行い続けている。

 

 

 

成井豊さんの舞台を100万人に観てもらうという

 

目標はすで達成。

 

 

観客動員数は260万人を突破。

 

 

2016年で劇団結成31周年を迎える。

 

 

 

加藤昌史さんの夢は100年後も

 

演劇集団キャラメルボックスが存続していること。

 

 

 

加藤昌史さんがこれまでに迎えた困難を笑って

 

乗り越えてきた折れない心の秘密を知りたい方は

 

著書『いいこと思いついたっ!』の304ページを

 

ご覧ください。

 

 

 

 

 

著書

 

『いいこと思いついたっ!』出版社: 日本短波放送

 

『拍手という花束のために』出版社: ロゼッタストーン

 

『嫌われ者のすすめ』出版社: ロゼッタストーン

 

『僕が元気にヤセた理由』出版社: ロゼッタストーン

 

『人の前に出る仕事の人へ。』出版社: ぴあ

 

演劇集団キャラメルボックスHP

 

http://www.caramelbox.com/

 

 

 

加藤昌史さん twitter

 

@KatohMasafumi

 

加藤昌史さんブログ 「加藤の今日」

 

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