23人目のゲストは演劇集団キャラメルボックス 製作総指揮 加藤昌史さん。

profile

 

加藤昌史(かとう まさふみ)

1961年10月25日生まれ。

 

 

 

東京都出身。

 

 

 

早稲田大学教育学部

教育学部教育学科教育学専修。

 

 

 

演劇集団キャラメルボックス 製作総指揮・音楽監督。

 

 

 

株式会社ネビュラプロジェクト 代表取締役社長。

 

 

 

株式会社ネヴァーランド・アーツ 代表取締役社長。

 

 

中高一貫教育の私立中学に入学するも

 

途中で勉強が分からなくなり、成績が下がり始める。

 

 

 

唯一の楽しみは放送部で活動すること。

 

 

放送部ではVTRデッキとビデオカメラを使いテレビドラマを制作したり

mmフイルムで撮影し映画を制作する。

 

 

 

部員と一緒に協力し文化祭で発表した作品が校内で賞を受賞。

 

 

 

そのことがきっかけで、人から認められる喜びを知る。

 

 

 

映画や音楽など様々なジャンルに精通した友達が多かった。

 

 

 

話題についていくためだけに、映画館に通う日々を送る。

 

 

 

一日に5本の映画を鑑賞したこともあるほど。

 

 

 

そして、映画の待ち時間を使っては読書に没頭する。

 

 

 

ロックバンドを結成しバンド活動にも励む。

 

 

 

音楽では衝撃を受けたのはKISS。

 

 

ライブを観に行くため

 

朝の5時からチケット売り場に並ぶほどの大ファン。

 

 

 

 

 

しかし、友人が歌うフォークソング(かぐや姫)を聞き、

 

その日のうちにロックバンドを解散。

 

 

 

フォークグループに入る。

 

大好きだったのはオフコース。

 

 

 

小田和正さんの詩に魅了される。

 

 

 

家庭の事情で高校3年の時に長崎の高校に転入。

 

 

 

転入当時、東京から来た転校生ということと

 

髪の毛が肩まであったこともあり、

 

「きゃぶっとる」(カッコつけている)と言われ

 

同級生からは引かれていた。

 

 

 

しかし、転入早々行われたテストで化学で0点をとったことが

 

きっかとなり一躍校内の人気者に!

 

 

 

学年内で話題にはならなかったが世界史は8点をとっていた。

 

 

 

先生に頼まれたこともあり、転校先でも放送部に入部。

 

 

 

入部した放送部の同級生が標準語で発生練習をするのを聞き

 

コレまで自分が話しているのが標準語だと

 

思っていたことが間違いだと気づく。

 

 

 

高校3年の夏まで放送部で活動を続ける。

 

 

 

秋の進路指導の時に

 

 

「早稲田大学に進学します。」

 

 

と面談で言ったところ先生が固まってしまい、

 

 

「ひとつだけ入れるところがあるからそこに進学しろ」

 

 

と勧められるが断る。

 

 

 

早稲田大学に進学することを心に決めていた。

 

 

 

しかし当時の成績は全国模試で10何万人中

 

後から数えた方が早いほどの順位。

 

 

偏差値はなんと32。

 

 

 

浪人することが決まった時に

一切、自分のあまえを断ち切る。

 

 

 

朝4時に起き、始発電車に乗り

代々木ゼミナールに通う。

 

 

 

そして予備校の門が開くまで単語帳や参考書に目を通し

 

開門後には自習室で授業の予習に励む。

 

 

 

授業中は一番前の席に座り授業を受け、

 

授業が終わった後はまた自習室で勉強し帰宅。

 

 

 

1日16時間時間以上、勉強に時間を費やす。

 

 

 

1年後、早稲田大学教育学部に見事!?合格。

 

 

 

入学後、高校の時のから尊敬していた先輩、

 

鈴木聡さん(劇団ラッパ屋)の「劇団テアトロ50‘」

 

の舞台を観に行く。

 

 

 

これはかなわないと思い、別のジャンルで魂が奮えるものを探し、

いろいろなサークルに入部。

 

 

 

大学2年のとき、成井豊さんの「キャラメルばらーど」

 

を観て感動し号泣。

 

 

 

 

成井豊さんの舞台を100万人に観てもらうと心に決めた

ときの観客数は1000人(充分プロで活動できる)にも満たなかった。

 

 

 

 

社会人劇団として活動を開始し

年2回の公演を行っていた。

 

 

 

公演ごとに驚異的な観客動員数を記録し、

 

1988年プロとして「演劇集団キャラメルボックス」の活動を開始する。

 

 

 

劇団結成時から

 

 

「公演初日に完成した舞台をお客さんに届けることができなければ

 劇団を解散する」ことを公言。

 

 

 

「お客さんのことを『キャクと呼ばない』」

 

 

「劇場でパンフレットを落としたお客さんがいたら

 新しいパンフレットに直ぐに取り替える」

 

 

など当たり前のことを演劇界に広める。

 

 

 

スタッフの方々には恐怖!?の一言

 

 

 

「いいこと思いついたっ!」。

 

 

 

演劇界で初となる上演時間が半分の「ハーフタイムシアター」や

 

公演当日の10時から開演1時間前まで

 

特定のチケット売り場で購入すると

 

通常料金の半分の料金で観劇できる

 

「ハーフプライスチケット」を導入。

 

 

 

キャラメルボックス サポーターズ クラブでは

 

入会金2000円以上の特典がつくサービスを行い、

 

逆に会社に赤字がでるほど。

 

 

 

 

 

株式会社ネビュラプロジェクト 代表取締役社長、

 

株式会社ネヴァーランド・アーツ 代表取締役社長であり、

 

演劇集団キャラメルボックス 製作総指揮、音楽監督を務める。

 

 

 

これまで4000ステージ以上、開演前に舞台に立ち、

お客さんに観劇マナーを伝える前説を行い続けている。

 

 

 

成井豊さんの舞台を100万人に観てもらうという

 

目標はすで達成。

 

 

観客動員数は260万人を突破。

 

 

2016年で劇団結成31周年を迎える。

 

 

 

加藤昌史さんの夢は100年後も

 

演劇集団キャラメルボックスが存続していること。

 

 

 

加藤昌史さんがこれまでに迎えた困難を笑って

 

乗り越えてきた折れない心の秘密を知りたい方は

 

著書『いいこと思いついたっ!』の304ページを

 

ご覧ください。

 

 

 

 

 

著書

 

『いいこと思いついたっ!』出版社: 日本短波放送

 

『拍手という花束のために』出版社: ロゼッタストーン

 

『嫌われ者のすすめ』出版社: ロゼッタストーン

 

『僕が元気にヤセた理由』出版社: ロゼッタストーン

 

『人の前に出る仕事の人へ。』出版社: ぴあ

 

演劇集団キャラメルボックスHP

 

http://www.caramelbox.com/

 

 

 

加藤昌史さん twitter

 

@KatohMasafumi

 

加藤昌史さんブログ 「加藤の今日」

 

http://caramelbox-kato.blog.so-net.ne.jp/

 

 

 

 

加藤昌史さんが偏差値32で早稲田大学受験を決めた理由!

加藤昌史さんとヨウメイ

 

 

 

 

 

お食事中の方は次の『演劇集団キャラメルボックス』

 

との出会いからお読みください。

 

 

 

 

2016年、ひきこもりならぬ、家に立てこもり中の

 

ヨウメイは前厄を迎えていた。

 

 

 

 

あおーきんから、

 

 

 

「大佐、前厄のときは必ずお祓い行った方がいいですよ。

 

 

そうでないと大変なことになりますよ。」

 

 

 

と教えられていた。

 

 

 

 

厄年。

 

 

 

 

人によっては様々な禍が降りそそぐという。

 

 

 

 

自分がやっていた仕事をとられた人。

 

 

 

 

思わぬケガや病気になる人。

 

 

 

 

そんなことになってはならないと思い、

 

年が明けるとすぐに川崎大師へ厄払いに行ったのであった。

 

 

 

 

しかし、藤原喜明組長のところへインタビューで伺ったときのこと

 

 

道を間違え遅刻をした教訓が活かせずに、

 

 

お祓い時間ギリギリに到着し、申し込みをしたのであった。

 

 

 

 

 

その結果、人が多すぎたこともあり、

 

 

大本堂に入ることができずに

 

 

境内でお祓いを受けたのであった。

 

 

 

 

このことがいけなかった。

 

 

 

 

お祓いは行ってもらったのだが、

 

 

もしかして厄がえていないのではないかと

 

 

思い始めるきっかけとなったのである。

 

 

 

 

それからというもの、お話を伺いたい人に

 

企画書をお送りするが全く通らない。

 

 

 

 

 

そのうち、腕が痛くなる。

 

 

 

 

 

カッターで手を切るなど、ろくなことが起こらない。

 

 

 

 

 

前厄ってこれだけおっかないのに、

 

 

本厄になるとどうなるんだと

 

 

悪いことばかり考えていた。

 

 

 

 

あおーきんに相談すると

 

 

「大佐、命があるだけありがたいと思ってください。

 

 

 前向きに生きていけば大丈夫です。」

 

 

と藤原組長と同じ言葉が返ってきたのであった。

 

 

 

 

 

そして、ある撮影中のときのこと。

 

 

 

 

 

あろう事かお腹が痛くなりだしたのである。

 

 

 

 

 

何故だ。

 

 

 

 

 

撮影の前は食事もしていないし、昼ご飯も食べない。

 

 

 

 

 

それなのにお腹が痛いのである。

 

 

 

 

 

これはヤバい。

 

 

 

 

 

早くトイレに行かなければ

 

 

 

非常にヤバいことになることは直感で分かった。

 

 

 

 

 

慌ててトイレに駆け込むヨウメイ。

 

 

 

 

しかし間イッパツに合わず。

 

 

 

 

 

運がむいてくるどころか別のうんが付いてしまったのであった。

 

 

 

 

う~ん。

 

 

 

 

どうやってこのピンチを乗り越えようかと考えていたとき

 

 

 

 

ポケットで携帯が震えだした。

 

 

 

 

出なくてはいけない。

 

 

 

 

直感でそう思った。

 

 

 

 

この電話だけは絶対に出なくてはならない。

 

 

 

 

でも、出ることができない。

 

 

 

 

これですべてがおわったね〜

 

 

岡村孝子さんの「Believe」が聞こえた気がした。

 

 

 

今の状況を脱出し、現場に戻らなければ

 

職場放棄で全てが終わってしまう。

 

 

 

 

電話に出ることをあきらめ

 

トイレからの脱出を考えるヨウメイであった。

 

 

 

 

ふと「いいこと思いついたっ!」のであった。

 

 

 

 

これなら脱出可能である!!!!

 

 

 

 

 

そして絶対絶命のピンチを切り抜けることが

できたのである。(うそ)

 

 

 

 

 

その日、撮影が終わり、携帯電話にあった着信を

確認をしたのである。

 

 

 

留守番電話にメッセージが残っていたので聞くと、

 

 

 

「演劇集団キャラメルボックスの加藤昌史のインタビューの件で

 

 連絡しました。

 

 また、こちらからご連絡致しますので…」

 

 

 

 

やってしまった。

 

 

 

 

何事においても訪れるチャンスは1回なのである。

 

 

 

 

一度逃してしまうと次はいつやって来るか分からない。

 

 

 

 

 

やはりあのとき出ておけばよかったと後悔する

 

ヨウメイであった…。

 

 

 

 

 

 

 

「演劇集団キャラメルボックス」

 

 

 

劇団結成31周年。

 

 

 

観客動員数260万人を突破!!

 

 

 

演劇界で知らない人はいない超がつく人気の劇団である。

 

 

 

 

 

ヨウメイが演劇集団キャラメルボックスのファンになったのは

10年ほど前のことである。

 

 

 

 

 

女優で脚本家の真柴あずきさん。

 

 

 

当時制作していた番組に先生役でご出演いただいていた。

 

 

 

 

撮影の当日、ヨウメイが組んだ撮影スケジュールが悪かった。

 

 

 

真柴さんが出演されるシーンを先に撮影したことが原因となり

 

 

 

次のシーンの撮影がとんでもないことになってしまったのであった。

 

 

 

 

 

台詞を話している役者さんのシーンがなんと編集でカットを切り換えると、

 

 

明るいはずの背景が不思議なことに暗くなっているのである。

 

 

 

あ〜らビックリである。

 

 

 

 

「お前のスケジュールの組み方が悪いからこんなことが起こるんだ!!!

 頼むから死んでくれ」

 

 

 

といわさんに見放された瞬間であった。

 

 

 

 

 

このことがきっかけで明るいシーンは暗くなる前に撮影することを

学習したヨウメイであった。

 

 

 

 

また、若かりし頃の筒井俊作さん(いまでも充分若い)に

 

ご出演して頂いたときのこと。

 

 

 

 

制作業務そっちのけで小道具のポスト作りに全力を注いでいた。

 

 

 

 

そして筒井さんの出演シーンが終わり、

 

自信を持って制作したポストを撮影する瞬間。

 

 

 

 

ポストのふたが開かないのである!!

 

 

 

 

 

撮影現場で急遽、撤去となったのであった。

 

 

 

 

 

小道具を制作する時はちゃんと上の人に

 

 

確認することを学んだのであった。

 

 

 

 

 

そして極めつけは大森美紀子さんに

 

ご出演していただいたときのことである。

 

 

 

 

 

なんとヨウメイは撮影現場に

 

 

 

行けなかったのであった!!!!

 

 

 

(自慢ではない、本当は這ってでも行きたかった)

 

 

 

 

 

撮影の数日前からどうも体調が良くなかった。

 

 

 

 

それにも関わらず、禁煙であるはずの編集室で

 

 

たかっしーと一緒にたばこを吸っていた。

 

 

 

とうぜん部屋はたばこのケムリいっぱいのもくもく村。

 

 

 

 

打ち合わせの時間がやってきたので、

待ち合わせ場所にヨウメイは出向いたのであった。

 

 

 

 

 

 

その道中、たばこ嫌いで有名なキタさんと

 

 

偶然、遭遇したのであった。

 

 

 

 

普段は全く使っていない頭ではあるが

 

 

この時は何故かピンとくるものがあった。

 

 

 

 

 

キタさん間違いなく編集室に行くに違いない!!

 

 

 

 

 

ということは間違いなく、たばこを吸っている

 

たかっしーとご対面である。

 

 

 

 

 

これは連絡を入れなければならない。

 

 

 

 

すぐにたかっしーに連絡を入れたのであった。

 

 

 

 

「やばいです、キタさんそっちに向かってます。

 

 直ぐに脱出した方がいいです」

 

 

 

 

「わかった」

 

 

 

 

これまでのミスを払拭するファインプレーである。

 

(こんなことでコレまでのミスは決して消えない)

 

 

 

 

しかし、キタさんの到着する時間は

 

わずか10分ほどである。

 

 

 

 

たばこを吸わない方ならもうお分かりであろう。

 

 

 

 

部屋にこもった煙のにおいは10分程度で

 

消えるものではない。

 

 

 

 

そのあと、キタさんが訪れた編集室がどうなったかは

 

恐ろしくて未だに想像できないのである。

 

 

 

 

そんなミラクルセーブを出したにも関わらず、

 

ヨウメイの体調は悪化した。

 

 

 

 

咳が止まらなくなってしまったのであった。

 

 

 

そして撮影前日、大森さんや他の出演者の方々に

 

風邪がうつるといけないからということで

 

家で休めということになり現場に行くメンバーから

 

外されてしまったのであった。

 

 

 

 

確かに、無駄に会社にずっといたので悪い咳はしていたが、

 

決して熱ではないと主張したがそっちの方が

 

もっと悪いと出社も禁止になってしまったのである。

 

 

 

 

体調の管理には気をつけようと学んだ

 

ヨウメイであった。

 

 

 

 

ということもあり大森美紀子さんには

 

お会いすることさえできなかったので

 

お名前が強烈に印象に残ったのであった。

 

 

 

 

失礼なことになるのだが、このとき、

 

真柴あずきさん、大森美紀子さん、筒井俊作さんが

 

演劇集団キャラメルボックスの劇団員であると知ったのは

 

ずっと後になってからである。

 

 

 

 

そして事件は会議室で起こるのではなく、

 

撮影現場で起こったのであった。

 

 

 

 

またしてもヨウメイの段取りが悪く、順調に進んでいた

 

撮影の歯車が途中で狂ったのである。

 

 

 

 

出演者の方の演技がうまく撮影できなかったことと

 

 

それに合わせてヨウメイが準備を間違えたことが

 

 

口火を切ったのであった。

 

 

 

 

いままで穏やかだったキタさんの口調が

 

徐々にキツくなり始めたのであった。

 

 

 

 

 

最初はよかったのだが、空気がピリピリし始め

 

出演者、カメラマンまでが萎縮しはじめた。

 

 

 

 

 

これはまずい!!!

 

 

 

 

出演者も嫌がっているに違いない!!!

(全てはヨウメイが悪いのである)

 

 

 

 

現場は楽しくがモットーである。

 

 

 

 

 

そして、撮影していたシーンが終わり

別のシーンの撮影になったときである。

 

 

 

そのための準備時間が必要になった。

 

 

 

状況は見ていれば分かるはずなのに

 

 

キタさんから

 

 

「早くしろ」

 

 

 

 

 

長いものには巻かれろが心情のヨウメイ。

 

 

いつもは常に人の顔色をうかがいしっぽをふっているのだが

 

このときだけは

 

ない牙で噛み付いたのであった。

 

 

 

 

「そんな言い方しなくていいんじゃないですか!!」

 

 

 

 

「お前の段取りが悪いからこうなってんだろ」

 

 

 

 

怒鳴り合いが現場で始まった瞬間であった!!!!

 

 

 

 

突然、どあほなヨウメイがキタさんに

 

逆らったので固まる出演者の方々!!!!

 

 

 

 

 

罵声が飛び交う中、

 

時間をくれてありがとうとばかりに

 

そしらぬ顔で準備をすすめるカメラマンと照明さん、

 

 そして音声さん。

 

 

 

 

 

「撮影時間がのびている責任お前がとれるのか?」

 

 

 

と胸をつつかれピンチにおちいったとき

 

 

カメラマンがOKと目でサインを送ってくれているのを見て

 

 

ヨウメイは次の撮影準備ができているのを確認した。

 

 

 

 

「次の撮影準備できました!!」

 

 

 

今にもぶっ飛ばされそうであったが

 

現状を把握したキタさんは

 

 

 

「分かった。では、次のシーンはですね」

 

 

 

と出演者の方々に説明を始めた。

 

 

 

 

キタさん気持ちの切り替えが早い。

 

 

 

 

ヨウメイとはその日、一言も会話をかわすことは

 

なかったが撮影は無事!?終わったのであった。

 

 

 

 

 

そしてキタさんとの関係も終わったかにみえた。

 

 

 

 

 

しかし翌日、会社に行くと、

 

 

昨日あれだけ現場でもめたにも関わらず、

 

 

 

「おはよう」

 

 

と声をかけてくれ会話のきっかけを作り出してくれたのであった。

 

 

 

 

なかなかできることではない。

 

 

 

 

本来ならヨウメイから

 

 

 

「昨日のことはすみません」

 

 

 

と謝らなければならないはずである。

 

 

 

 

 

しかし、あの現場でとった行動は悪いとは

 

 

思っていなかったので謝る気もなかった。

 

 

 

 

当時のヨウメイには

 

キタさんのようにすぐに気持ちを切り替えることは

 

決してできないことなのであった。

 

 

 

 

 

そんなもめにもめたキタさんが

 

 

こともあろうか仕事の休みをとってまで

 

 

演劇を観に行ったという情報を

 

 

ヨウメイはキャッチしたのであった。

 

 

 

 

それも大森美紀子さんからお誘いを受けて!!!

 

 

 

うらやましい。

 

 

 

 

大森さんがご出演されている舞台である。

 

 

 

 

 

 

その観に行った舞台が

 

演劇集団キャラメルボックスの公演であったことを知ったのである。

 

 

 

 

 

なぜ、ヨウメイに声がかからない。

 

 

 

 

当たり前である。

 

 

 

 

「お前、演劇に興味ないだろ」

 

 

 

 

撮影現場でもめるような輩にチケットを回してくれるような、

 

 

いわさんではないのである。

 

 

 

 

しかし、そんないわさんが

 

 

演劇を観に連れて行ってくれたのであった。

 

 

 

 

「出演者が初舞台に出るので一緒にいくか?」

 

 

 

ということで

 

 

「お花を買ってこい」

 

 

 

とヨウメイにミッションを与えてくれたのであった。

 

 

 

 

 

そうか、演劇を観に行く時はお花を贈るんだということを

 

 

このとき学んだのであった。

 

 

 

 

 

そして仕事を始めてから観た初めての舞台。

 

 

 

 

驚かされた。 

 

 

 

 

なんと、主役の方よりも、脇役で出演されていた

 

名前も知らなかった女優さんの声に

 

魅了されたのであった。

 

 

 

 

演技もさることながらその方の声がマイクを付けていないのに

 

通ること。

 

 

 

言い方が悪いかもしれないが、

 

主役の方を完全にくってしまい、

 

どちらが主役か観劇の途中で分らなくなるほどで

 

あったのである。

 

 

 

 

 

 

思い起こせば小学生の頃、演劇をやるというので

 

ヨウメイから進んで出演し、

 

与えられた台詞を棒読みでしゃべった記憶がある。

 

 

しかし、しゃべったつもりではあったが、

 

鼻から息がもれていたみたいで、

 

声がおかしかったみたいである。 

 

 

 

上演後、皆にマネをされてからというもの、

 

ヨウメイの声って人が聞き取れない程悪いんだと

 

思い自分の声を聞くのも嫌なほど大嫌いになったのであった。

 

 

 

そして、お芝居も嫌いになったのであった。

 

 

 

 

しかし、プロの役者さんが作る舞台を観て

 

演劇って面白いんだということを知ったのであった。

 

 

 

 

 

このことがきっかけになり、

 

それならキタさんが観に行った

 

演劇集団キャラメルボックスの舞台を

 

観に行こうと決めたのであった。

 

 

 

 

そして、サンシャイン劇場で行われている公演を

 

仕事の合間をぬってというかサボって

 

観に行ったのである。

 

 

 

『きみがいた時間 ぼくのいく時間』

 

 

 

 

手に入れたチケットは当日券。

 

 

 

 

6300円、松席であった。

(チケットの半券は今も持っている)

 

 

 

なんと案内された席は

 

出演者の顔が見えるほど近くの席であった。

 

 

 

 

当日券で、こんなにいいところに

 

座らせてもらえるなんて、何て運がいいんだと

 

当日券に味を占めたのであった。

 

 

 

 

そして幕が開く前に舞台上で誰かがしゃべっている。

 

 

 

 

 

その上、スピーチの内容がとても面白いことを言っている。

 

 

 

 

この時のヨウメイはまさか加藤昌史さんが

 

前説でしゃべっているとは知る由もない。

 

 

 

 

加藤さん本当にスミマセン。

 

 

 

 

 

そして、幕が上がると上川隆也さんが登場された。

 

 

 

 

 

演技がうまい!!!!

 

 

 

 

一瞬で上川さんの演技に魅了されたのであった。

 

 

 

 

 

すると、あれ、ショップの店員役で観た方が

 

 

 

「どげんですかい」

 

 

とステージ上で言っている。

 

 

 

 

筒井俊作さんであった。

 

 

 

 

この時まで筒井さんが演劇集団キャラメルボックスの役者さんであるとは

全く存じあげておりませんでした。 

 

 

 

 

申し訳ありません。

 

 

 

 

大森美紀子さんもいらっしゃる!?

 

 

 

 

西川浩幸さん!?

 

 

 

 

皆さん演技がうまいのは当たり前なのだが、

 

このとき一番衝撃を受けたのはダンスである。

 

 

 

 

 

音楽に合わせて全員の振り付けがそろっている。

 

 

 

 

カッコいい。

 

 

 

 

音痴で、リズムが取れない。

 

その上どんくさい。

 

 

 

ヨウメイはステージで繰り広げられたダンスを観て

 

なぜか分からないが元気が出たのであった。

 

 

 

 

 

そして、クライマックス。

 

 

 

 

 

上川隆也さんの演技を観て泣いてしまったのである。

 

 

 

ロマンチックではなく

 

涙がとまらなくなってしまったのであった。

 

 

 

 

 

なんて面白くて人を感動させる劇団があるんだ!!!!

 

 

 

 

 

これはきっとこれまでの作品も面白いに違いない。

 

 

 

 

 

直ぐにDVDを買いに行ったのである。

 

 

 

 

むむ、以外と高いぞ。

 

 

 

買うべきが、買わざるベキか?

 

 

 

 

決断に迫られるが、上川さんが出演されているし

 

とりあえず買っちゃえーということで

 

購入した作品が「さようならノーチラス号」である。

 

 

 

 

 

そして新たな出会いが訪れたのであった。

 

 

 

 

 

近江谷太郎さん。

 

 

 

 

上川さんとのやりとりがおもしろすぎて、

 

何処までが成井豊さんの演出でどこからがアドリブなのか

 

わからない。

 

 

 

 

それからというものDVDを購入するたびに

 

演劇集団キャラメルボックスで知らなかった

 

役者さんに出会うことができたのであった。

 

 

 

 

そして、DVDのエンドクレジットには必ず

 

製作総指揮 加藤昌史と表記されているのを

 

目にしていたのであった。

 

(DVDでは2%ほどしか演劇の面白さが伝わらないから劇場で!

 

 とあるがDVDでも泣いちゃいます。

 

 特に『きみがいた時間 ぼくがいく時間』)

 

 

 

 

それからというもの、ハーフプライスチケットという

 

当日券が半額で買えると知りますます味をしめ

 

劇場に足を運ぶようになって行ったのである。

 

 

 

 

本当にすみません。前売り券購入せずに。

 

 

 

1人分のチケット料金で

 

2人一緒に観れてしまうのでずっとそうしてました。

 

 

 

 

そして、ヨウメイにとって別の意味で衝撃が走ったのであった。

 

 

 

 

演劇集団キャラメルボックスが解散!?

 

 

 

 

東日本大震災の後である。

 

 

 

 

 

え、なんで!?

 

 

 

 

 

お客さんいっぱい入っているし、どうして!?

 

 

 

解散する必要があるのか全く分からなかったのである。

 

 

 

 

つまり、この時は加藤さんの書籍を

 

 

全く読んでいなかったので

 

 

どうして解散しなければならないのか分からなかった。

 

 

 

 

そして解散危機を乗り越えて

 

 

劇団存続が決まった時は胸を撫で下ろしたのであった。

 

 

 

 

しかし、上川さんと近江谷さんが共演した

 

 

「サンタクロースが歌ってくれた」は仕事に忙殺され

 

 

劇場で観ることができなかった。

 

 

一番劇場で観たかった舞台が観れなかったのである。

 

(DVDが発売されると同時に購入し、

 

 おもしろすぎて大爆笑してしまいました)

 

 

 

 

 

 

この仕事がきっかけとなり

 

ヨウメイは貯金が尽きるまで

 

家にたてこもるのである。

 

 

 

 

 

第一次立てこもり期である。

 

 

 

 

 

その時期に誰かから聞いたことがあった。

 

 

 

 

「演劇集団キャラメルボックスの加藤昌史さんは

 

 

 演劇界のためにいろいろな手法を公開してるよ。

 

 

 いろいろ劇団の為になること教えてくれてるよ。」

 

 

といううわさ話を聞き、

 

記憶力が悪いヨウメイのアタマに

 

加藤昌史さんてスゴイ方なんだと

 

インプットされた瞬間である。

 

 

 

 

 

それからも心が折れたとき、必ずといっていい程

 

ハーフプライスチケットを手にいれて

 

舞台を観に行っていた。

 

 

 

 

ハーフタイムシアターだとわずか2000円ほどで

 

幸せな気分になれてしまう上に、

 

立てこもりにはとってもリーズナボーなのである。

 

 

 

 

 

そして心が折れている時に

 

演劇集団キャラメルボックスのダンスを観ると

 

なぜか分からないが元気が出るからである。

 

 

 

 

そんな偉そうなことは言っていますが

 

ひとつ謝らなければならないことが。

 

 

 

 

第三舞台が復活した瞬間、

 

劇場にいって観劇し魅力にハマってしまいました!!

 

 

 

 

 

 

そして時は流れて第3次立てこもり期。

 

 

 

 

次にお話を聞く人を探していた時に

 

加藤昌史さんにご出演のオファーを出すかどうかを

 

半年以上も悩んでいたのである。

 

 

 

 

立場が「月とキャベツ」ほど離れている。

 

 

 

製作総指揮立てこもりである。

 

 

 

 

 

これは出演のオファーを出しても

 

絶対に断られるに違いない。

 

 

 

 

でも、依頼を出さずにあきらめるか、

 

依頼を出して断られてあきらめるかである。

 

 

 

 

答えはひとつである。

 

依頼を出してダメだったらあきらめるのである。

 

 

 

 

そう決まれば、本を読んで加藤昌史さんのことを

 

知らなければならない。

 

 

 

 

まずは「拍手という花束のために」を取り寄せた。

 

 

 

 

ページを開いてビックリである。

 

 

 

読者への質問から文章が始まる。

 

 

 

あらすじから笑いの要素が満載である。

 

 

 

加藤昌史さんきっとお話も面白いに違いない

 

とヨウメイは思った。

 

 

 

 

そして、書かれていることに関して

 

嘘がないのであった。

 

 

 

 

これまで演劇集団キャラメルボックスが

 

歩んできたことが全て公開されていたのであった。

 

 

 

 

 

そして次に取り寄せたのが、

 

「いいこと思いついたっ!」である。

 

 

 

 

こちらには、加藤さんの人生の半分以上が

 

つづられていた。

 

 

 

 

本の最初から読まず、後半から読み始めたのが

 

後でヨウメイを追い込むのであった。

 

 

 

 

最初から読んでいれば加藤昌史さんの思いが

 

分かったのだが、キモとなるところを

 

一番最後に読むことになったのである。

 

 

 

 

結果的にはそれがよかったのだが。

 

 

 

 

それに気づいたのはインタビューの数日前である。

 

 

 

 

「いいこと思いついたっ!」は読みかけではあったが

 

ご出演依頼を加藤昌史さんに送ることにした。

 

 

 

 

なぜなら後半だけ読んでも、

加藤さんが早稲田大学に受かるまでの過程が面白すぎる。

 

 

 

 

とてもオモシロイお話が聞けるに違いない。

 

そう思い込んでのことである。

 

 

 

 

しかし、お返事は返って来ない。

 

当たり前である。

 

 

 

演劇集団キャラメルボックスの

 

公演期間中だったのである。

 

 

 

 

公演期間中はスタッフ全員で

 

劇場でお客さんを迎えられているのは

 

本を拝見し知っていた。

 

 

 

 

そのためにお返事が返って来ないのだと

 

ひたすら思い続けた。

 

 

 

 

今年は前厄ということもあり

 

ヨウメイの運が悪いのであれば、運を向ければいいだけである

 

その為に向かうところはひとつである。

 

 

 

 

シェルパ齋藤さんのところであった。

 

 

 

第2次立てこもり期にお伺いしてからというもの

 

伺うとなぜか分からないが運が向いて来るのである。

 

 

 

 

勝手にヨウメイが思っているだけではあるのだが。

 

 

 

 

今回もシェルパ齋藤さんのところを訪れた直後に

 

何と電話がかかって来たのであった。

 

(電話に出ることはできなかったが)

 

 

 

 

運がいい、悪いは

 

ただの思い込みかもしれないのである。

 

 

 

信じればそうなるだけなのかもしれない。

 

 

 

 

後日、電話をかけ直すとなんと、

 

「加藤昌史のインタビューお受けします」

 

とお返事が頂けたのであった。

 

 

 

 

しかし、このときはまだ、

 

「いいこと思いついたっ!」

 

は全て読み切れていない。

 

 

 

 

つまり、インタビューの構成が全く

 

作れていないのであった。

 

 

 

 

これはヤバい。 

 

加藤昌史さんの折れない心を支えている

 

ものが何なのかがつかめていないのである。

 

 

 

 

そして加藤さんのことを

 

更に知る為「人前に出る仕事の人へ。」と

 

「キャラメルボックス展覧会」も平行して

 

読み進めたのであった。

 

 

 

 

そし結果、加藤昌史さんの人物が

 

分からなくなってしまったのであった。

 

 

 

 

人前に出る時は身だしなみが大事と

 

おっしゃているわりには

 

スタッフの面接の時にはジーパンとシャツという

 

ラフな格好で面接されている。

 

 

 

 

はたまた、人は見た目が大事で、会った瞬間に、

 

合う人、合わない人が分かりますという

 

一文を読んでヨウメイの心は

 

折れそうになったのであった。

 

 

 

 

確かにそうである。

 

 

 

インタビューに伺っても

 

お話してくださるかどうかを考えてしまい

 

不安のどん底に突き落とされたのであった。

 

 

 

 

読み進めるたびにザクザク加藤さんの

 

言葉がつきささり、

 

アタマの中がパニックになるヨウメイであった。

 

 

 

 

しかし、「逃げちゃダメだ」「逃げちゃダメだ」と

 

碇シンジくんの言葉を思い返し、

 

「いいこと思いついたっ!」を読み進めていくと

 

コレまで分からなかったことが

 

段々と分かり始めてきた。

 

 

 

劇団の事務所に泥棒が入り現金が盗まれても

 

前向きに考えられる加藤さん。

 

 

 

 

いいこと思いついたっ!とアイデアを出し、

 

新聞折り込み広告の機械をヒントに

 

演劇の折り込みチラシの代行を行う

 

ネビュラプロジェクトの立ち上げ。

 

 

 

 

ご自身の失敗の数々。

 

 

 

そして、加藤昌史さんがどんなことがあっても

 

逃げずに立ち向かわれている理由を最後の最後で

 

ヨウメイは見つけたのであった。

 

 

 

 

読み終えたとき、これ以上の答えはないなと

 

思ってしまった。

 

 

 

 

これまでずっとお伺いしたかったことが

 

本に全て書かれていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

そして、インタビュー場所となった

 

演劇集団キャラメルボックスの事務所の会議室。

 

 

 

 

「♪チャチャッチャー〜

 

 この動き 知ってます? 

 

 第三舞台の『朝日のような夕日をつれて』の

 

 振り付けなんですよ」

 

 

 

 

笑顔の加藤昌史さんが出迎えて下さったのであった。

 

 

 

 

 

 

配信はこちらから

※音声に一切加工はかかっておりません

加藤昌史さん_偏差値32から早稲田大学に合格するまで 60分

加藤昌史さん_早稲田大学に合格して思っていたこと 21分

加藤昌史さん_演劇集団キャラメルボックスを結成するまで  69分  

加藤昌史さん_演劇集団キャラメルボックスを結成してから 38分

今後のゲスト予定

これからも魅力的な人にお話を聞いてきます!

好評配信中 

 

 

画像のクリックで配信ページに移動します

1人目のゲスト 加藤 鷹さん

 

Profile

 

加藤 鷹 (Katou Taka)

 

1959年5月1日生まれ。

秋田県出身。秋田商業高校卒。

高校卒業後、日立に入社。

 

営業職での能力が高く評価され、

ヘッドハンティングされビューホテルに転職。

将来が約束されていたにも関わらず退職。

 

28歳の時、秋田から上京。

             

1988年、AV男優としてデビュー。秘技「ゴールドフィンガー」を編み出し、

26年間アダルトビデオ業界で活躍する。出演したアダルトビデオは10000本を優に超え、

共演した女優は8000人にも及ぶ。

しかし、2013年、惜しまれつつもAV男優を卒業!

現在はタレント活動以外にも書籍を執筆やプロデューサーとして活躍中。

無類の車好き。子供のころには交通量を調査し車のナンバープレートを記録するほど。

これまでに車にかけた費用は1億円!

2人目のゲスト 大原研二さん

Profile

 

大原 研二(Ohara Kenji)

 

1975年5月18日生まれ。福島県出身。

 

大学卒業後に演劇に目覚め小劇場を中心に役者としての活動を開始。

役者、脚本家、演出など多方面で活躍。

 

 

北野武監督「アウトレイジ」に加瀬亮さん演じる大友組 石原の舎弟役として出演。

流暢な英語でのセリフをしゃべり、顔に似あわぬ存在感ある役を好演する。

 

現在は演劇界の直木賞「岸田戯曲賞」をとるであろうと言われている

天才演出家、谷賢一さんの率いる劇団「DULL-COLORED POP」の看板役者。

 

一方、「図書館戦争」や「阪急電車」などを執筆されている

有川浩さんの主宰する演劇ユニット「スカイロケット」にも

客演として第一回公演の「旅猫リポート」に出演。

 

有川浩さんの書籍「シアター」「シアター2」に登場する劇団「シアターフラッグ」の役者、

黒川、泰泉寺のモデルは自分かなと思っている。

 

 

 

 

3人目のゲスト 多摩川のロビンソンクルソー ろびんそんさん

Profile

 

 

 ろびんそん (Robinson 仮名)


1940年6月10日生まれ。秋田県出身。

某コンピューター会社勤務。しかしが会社が不渡りを出す。

その時に意を決しコンピューター会社を退社。

ふらふらした後、廃品回収業に携わる。

 

当時生活していたところが立て壊しになるため次の住居として選んだのが

多摩川の河川敷。

川の氾濫やブルドーザーで家が2回も破壊される。

それにもめげず廃材で家を建て現在に至る。

 

数種類の野菜や果物を植え、自給自足の生活を営み

電気は発電機を使用し自家発電。

 

家の中にはテレビや電子レンジなど電化製品が多数あり何不自由のない生活を送る。

水は天水(雨水)を飲用し、ご本人曰く、水道水より体にいい純水を飲んでいるとのこと。

  

 

動物の世話も好きで猫やはとを飼っている。ろびんそんさんも動物の世話をするが

ご近所の主婦の方もえさをやりにくるほど地域の人々との交流も盛んに行っている。

 

タケノコが生える季節やびわなどの果物がなると住民の方々にお裾分けするほどやさしくて人がいい。

 

坂口恭平氏の著書「ゼロから始める都市型狩猟生活」にも登場するカリスマ0円生活者!

 

 

4人目のゲスト 月花さん

 

Profile

 

月花(Tsukika)

 

 

12月21日生まれ。福岡県出身。O型。

 

博多に住んでいたころにスカウトされ女王様になる。

その時に出会ったお客さんの数は1万人を超える。

 

98年、女王様を引退。 

 

 

 

女王様の時から人が集まれる場所を作りたいという思いがあり、渋谷でバーを経営。

 

最初は赤字経営であったがやがて20歳~80歳までの幅広い客層に支持され黒字経営に。

 

お金を儲けることよりも人との出会いを大切にし、常に人から学ぶ姿勢を持つ。

多くの人と出会ってきた経験から人の洞察力に長けている。

 

最近では、映画やドラマなど、役者の演技指導を頼まれ、多忙な日々を過ごす。

園子温監督の「愛のむきだし」では、出演とキャスティングに両方に携わる。

 

映像作家、監督、タレント、舞台プロデュース、マンガ原作など多才な顔を持つを

マルチクリエイター。

 

ファンからの呼び名は「残虐天使」。

 

 

月花さんHP

 

 

http://www.tsukika.org/

 

 

 

 

5人目のゲスト ドクタークラレさん

 

Profile

 

ドクタークラレ

 

4月1日生まれ。 京都府出身。

 

 

血液型B型。

 

 

 

爆笑秘密結社「薬理凶室」の室長。

 

 

通巻15万部以上のベストセラー理系書

『図解アリエナイ理科ノ教科書』(略称:ア理科)シリーズを執筆。

 

2000年に担当したサブカル雑誌「危険な28号」は

国内の18都道府県から有害指定図書という伝説を生み廃刊に。

 

 

生物化学分野の才能に突出しており、特殊な事件での捜査協力、

またドラマやイベントなどの監修企画にも携わる。

 

 

尊敬する人はボヤッキーとマシリト博士と岸和田博士とノヴァ教授。

 

 

格闘ゲーム(現在は『ギルティギアXrd』『USF4』)と

漫画が好き(最近のだと『愛気』、『地獄のアリス』、『フランケンふらん』等)。

 

 

 

近日、マイナビニュースの食品連載とビジネスジャーナルの薬局商品選びの連載が単行本化が予定。

さらに続々と執筆中らしい。

 

 

 

本人のWEBサイト 

 

 

http://www.cl20.jp/R/kurareraku.html

 

6人目のゲストはローリング内沢さん

Profile

 

ローリング内沢(Rolling Uchizawa)

 

1970年生まれ。  東京都出身。

 

ライター、編集者、コラムニスト、ゲーム批評家。

 

ゲーム情報誌「週刊ファミ通」の編集者を経て、

2000年4月よりフリーのライターとして活動。

 

好きなゲーム 『フォールアウト」 「バトルフィールド」など。 

 

ゲームの腕前は神様級ではないが、

誰にも負けないほどゲームを愛している。

 

 

そして何よりも、ゲームのおもしろい、おもしろくないに関しては、

人によってぶれない強い信念を持っている。

 

好きな音楽はクラブミュージック。

 

 

ライターの講師やクラブイベントのプロデューサーとしても活躍中!

7人目のゲストは中野昭慶監督

 

Profile

 

 

中野 昭慶 (なかの てるよし) 

 

 

1935年10月9日 生まれ

 

満州安東県出身。

 

日本を代表する特技監督。

 

代表作

「日本沈没」「ゴジラ(1984)」

「メカゴジラの逆襲」など

 

 

少年時代、日本の敗戦とともに飛び交う銃弾の中をくぐり抜け、

福岡県博多に引き揚げてくる。

 

 

日本大学を卒業後、東宝砧撮影所に入社。

 

 

「ウルトラマン」「ゴジラシリーズ」などを手がけた

日本の特殊撮影技術の神様、円谷英二氏に師事する。

 

 

東宝の3代目の特技監督に就任する。

 

 

「爆破の中野」と呼ばれるほど、大量の火薬を使用した映像は必見である。

 

特技監督として数々の撮影手法をあみだし日本の映画界に多大な影響を与え

 

多くの人々を魅了し続ける未だ現役の映画監督。

 

 

著書 「特技監督 中野昭慶」 発売中!

8人目のゲストは月詠真夜さん

Profile

月詠真夜(つくよみ しんや)

1216日生まれ

 

東京在住デザイナー兼イラストレーター

 

 

某有名私立大学理系を卒業した

何故か全く違業種に

 

デザイン業を営みつつも電子回路設計、トレーナーなど面白いと思えば

何でもやってしま気質が災いしてかスペシャリストといよりもゼネラリスト気味で

裏方で何かしていることが多い

 

ゲームと映画アニメ漫画音楽をこよなく愛する

炭酸飲料とお酒がないと生きていけない

 

漫画やアニメを科学的に考証することが生きがい一つ

 

 

 

漫画ベスト3(最近):「ドリフターズ」(人生捨てがまり)血界戦線」(技名を叫んでから殴る)

            「巨悪学園」(つまり死)

アニメベスト3:「銀河英雄伝説」(永遠名作主に声優陣が) 

         「コクピット」(これで軍事好きに)

         「鬼灯冷徹」(最近一押し)

ゲームベスト3:「ストリートファイターⅢ 3rd」(墓まで持って行く)

         「アンチャーテッドシリーズ」(神様サンキュー)

         「フロムソフトェアゲーム」(脳がコジマ粒子に汚染されてる)

 

 

 

 

お仕事の依頼は月詠さんのホームページから

 

 

http://www.tragicmoon.com/

 

 

 

 

9人目のゲストはシェルパ斉藤さん

 

Profile

 

 

シェルパ斉藤 (しぇるぱさいとう)

 

 

1961325日生まれ

 

長野県出身

 

バックパッカー、紀行作家、

 

いろんな手段で地球を旅する自由型の旅人。

 

 

現在は山梨県の八ヶ岳山麓で田舎暮らしを楽しみつつ、

国内外の旅に明け暮れる。

 

 

カフェTeam Sherpaのオーナー。

 

 

素敵な自作のログハウスに在住。

 

 

野営道具を背負って地球を歩いて旅するバックパッカーで

耕うん機の旅や犬と一緒にヒッチハイクの旅など

他に人がやらない旅を行っている。

 

 

 

小学館のアウトドア雑誌「ビーパル」で好評連載中の人気作家。

 

 

 

著書

『シェルパ斉藤の行きあたりばっ旅』

『耕うん機オンザロード』

『犬連れバックパッカー:シェルパ斉藤と愛犬ニホの旅物語』など著書多数

 

 

ホームページ 

 

http://www.eps4.comlink.ne.jp/~sherpa/

 

10人目のゲストはバルーンパフォーマー、風船太郎さん

 

Profile

 

風船太郎(ふうせん たろう)

 

 

1968713日生まれ。

 

岐阜県出身。

 

大道芸人 バルーンパフォーマー。

 

静岡大学工学部機械工学科に進学。

在学中にワーキング・ホリデーでカナダへ。

 

旅行中にジャグリンと出会う。

 

 

大学を卒業後、大手建設機器メーカーに就職するも、

社長になる夢を持ち転職。

 

 

2005年に有限会社風船太郎を設立。

 

バルーンパフォーマーとして愛車の風船太郎号で

 全国の保育園や幼稚園をまわる。

 

 

風船を使い、一瞬で子供たちの心をつかみ笑顔にするパフォーマンスは

泣いてる子供を一瞬で泣き止ませるタケモトピアノCM以上。

 

 

数ヶ月先まで予約で埋まっている

日本一多忙なバルーンパフォーマー。

 

 

バルーンショーの予約は

 風船太郎さんのホームページから

 

http://www.2000taro.com/

 

11人目のゲストは声優・ナレーターの岡崎弥生さん

 

Profile

 

岡崎 弥生(おかざき やよい)

 

3月28日生まれ

 

和歌山県出身

 

 

声優・ナレーター・MCとして、イベント、

コンサート、テレビ・CMで活躍中。

 

 

大学を卒業し、中学・高校英語教員免許状を取得し中学の講師を務める。

子供たちから多くの愛情を頂き、教えるためにはもっと英語力が必要と感じ

通訳学校へ入学し英語を学び直す。

 

 

そして週一回、方言を直すためアナウンス学校へ通う。

 

 

しかし生活苦が引金になるが、しゃべるのが苦手なのにも関わらず、

アナウンスの世界へ入りお仕事を受ける。

 

 

そして、紆余曲折あったものの様々な方面で声優・ナレーターとして活躍中!!

 

どんくさいと本人は言っているが

高校のときソフトテニスで県2位に入賞するほど

スポーツは万能。ゴルフも相当の上前?!(プロを目指さないかと誘われるほど)

 

 

才能はないがそれを知っているので

何事も専念し努力することが心情。

 

 

学生時代専念して学んだ英語は、通訳者を目指したことも・・・。

 

ソフトで響く声で子供から大人までの役をこなす。

 

好きなアニメのキャラクターは峰 不二子。

 

そして、岡崎さんにはある秘密が…

12人目のゲストはプロレスラーの藤原喜明組長。

 

Profile

 

 

  藤原喜明 (ふじわら よしあき)

 

1949年 4月27日生まれ

 

岩手県出身。

 

 

プロレスラー。

 

 

学校法人日本医科学総合学院理事長。

 

 

 

俳優、声優、タレント、エッセイストとしても活躍中。

 

 

陶芸、盆栽、イラスト等の特技も多彩。

 

 

 サブミッションレスリングに傾倒し、

その実力者ぶりから「関節技の鬼」としても知られる。

 

 

藤原組長の門下生はプロレス界に多数存在。

 

 

2007年、胃がんが見つかる。

手術に望むも、手術前の麻酔には打ち勝てず、一本負けをきっする。

 

 

しかし、ガンと闘う手術においては

無敵の肉体を誇る藤原組長が勝利。

  

 

人気テレビゲーム「龍が如く」シリーズでは伝説の情報屋

「サイの花屋」役としてレギュラー出演中。

 

 

 

著書     

 

復刻 幻の藤原ノート「ゴッチ教室」の神髄(200912 講談社)

 

覚悟ー人生60年、覚悟が生死をわけた!ー(20103 ビジネス社) 

                          など著書多数

 

13人目のゲストはお笑い芸人のホーキング青山さん。

 

Profile

 

ホーキング青山 (ほーきんぐあおやま)

 

 

 

1973127日生まれ

 

 

お笑い芸人、作家、俳優。

 

 

『訪問介護事業所ENJOY』オーナー。

 

先天性多発性関節拘縮症のため、

生まれたときから両手両足が使えない。

 

 

高校生の時から電動車いすで南野 陽子さんや

プロレスラー・天龍 源一郎選手の追っかけになる。

 

 

また立川 談志さんや高田 文夫さんのお笑いライブに通いつめるほどのお笑い好き。

 

 

お笑い好きが興じて19946月に大川興業主催の

若手芸人コンテスト『すっとこどっこい』で、

 

 

"史上初の身体障害者のお笑い芸人" 「ホーキング青山」としてデビュー。

  

20022月にビートたけしさんが審査委員長を務める東京スポーツ新聞社の

 『第2回ビートたけしのエンターテインメント賞』で『日本芸能大賞』を受賞。

以降、デビュー前からの憧れだったビートたけしさんに懇意にしていただく。

 

 

 

同年秋、北野武監督作品『Dolls』で映画初出演。

 

 

従来の漫談に加え、落語や講談、一人コントにも挑戦中。

 

 

20094月に『訪問介護事業所ENJOY』を設立。

障害者の目線による理想の介護を目指し奮闘中。

 

 

 

著書   『差別をしよう!(エッセイ集) 

 

         『日本の差法』(ビートたけしとの対談集)

 

         『笑え!五体不満足』

 

         『言語道断!―ホーキング青山自伝』など

 

 

 

 

ホーキング青山さんホームページ http://www.hawkingaoyama.com/

 

14人目のゲストは5万回斬られた男、俳優の福本清三さん。

profile

 

福本 清三(ふくもと せいぞう)

 

 

 

1943年2月3日生まれ

 

 

兵庫県出身。

 

 

俳優。

 

 

15歳で東映京都撮影所入社。

 

撮影所所属の大部屋俳優となる。

 

 

斬られ役として映像にはほんの一瞬しか映らないが

個性のある顔立ちと、斬られる時の印象的な演技が注目を集める。

 

 

ファンの一人が「探偵!ナイトスクープ」に依頼したことで

斬られ役の先生として「徹子の部屋」出演。

 

 

定年間近の60歳のとき、ハリウッド映画「ラストサムライ」に出演。

 

 

 

70歳で初主演した映画「太秦ライムライト」は

第18回ファンタジア国際映画祭で日本人初となる最優秀主演男優賞を受賞。

 

 

斬られ役人生50年以上。

 

 

通称 5万回斬られた男。

 

 

 

70歳を超えられて演技力に魅力が増し、

映画、ドラマ、CMにと多方面にて活躍中。

 

 

東映剣会所属。

 

 

 

出演

 

映画

仁義なき戦い  

蒲田行進曲  (1982年) - 大部屋時代劇役者

ラストサムライ (2003年) - 寡黙なサムライ

太秦ライムライト (2014年) - 主演・香美山清一

                          など出演作多数 

 

著書

どこかで誰かが見ていてくれる ―日本一の斬られ役・福本清三 創美社

 

おちおち死んでられまへん ―斬られ役ハリウッドへ行く 創美社

 

 

「東映剣会公式ページ」

 

http://www.toei-kyoto.com/ 

 

 

15人目のゲストは映画・ドキュメンタリーのカメラマン、映画監督の山崎 裕さん。 

profile

 

山崎 裕(やまざき ゆたか) 

 

 

1940年 生まれ。 

 

 

 

東京都出身。

 

 

 

 

日本大学芸術学部映画学科卒。

 

 

 

カメラマン、ディレクター、プロデューサー

 

映画監督、撮影監督。

 

 

 

株式会社ドキュメンタリージャパン代表取締役。

 

 

株式会社いちまるよん代表取締役。

 

  

 

 

高校の時、脚本が書けないと映画監督になれないことを知り、

 

 

日本大学芸術学部映画学科に進学することを決める。

   

 

1960年、安保闘争のとき、

記録映画『19606 月安保への怒り』の撮影を担当する。

 

 

 

1964年、「日本の華 肉筆浮世総」で

 

フイルムカメラマンとしてデビュー。

 

 

1988年、是枝裕和監督の「ワンダフルライフ」で

劇場用映画の撮影を担当する。

 

 

 

 

以降、ドキュメンタリー映画から劇場映画の撮影監督を努める。

 

 

 

 

70歳で劇場映画「Torso トルソ」を自らが監督、撮影を行う。

 

 

 

 

2010年 から「座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル」の

プログラムディレクターも務める。

 

 

 

 

 

16人目のゲストは気功太極拳普及協会 理事長、師範の山田充宏さん。 

profile

 

 

山田 充宏(やまだ みつひろ)

 

 

愛知県出身。

 8月15日生まれ。

 

中京大付属中京高校卒業。

 

 

NPO法人気功太極拳普及協会 理事 

太極拳練功会 主宰。

 

20歳のときに気功の達人に出会い、外弟子になり道場に通う。

 

師範の内弟子を2年間努める。

 

山にこもるなどして気功を修練し、わずか4年で習得。

 

気功太極拳を広めたいと

いう思いから山田太極拳の教室を開く。

 

中国武術段位6段

  

また、気を用いた治療を行い、ガン・うつ病などの疾患者を救う活動も行っている。

 

その方法や気を10倍高める方法などを全国で  セミナー・講演をしながら

気功太極拳の普及活動を行っている。

 

 

 

18人目のゲストはまさだ療術院のエネルギー療術士、正田篤司さん。 

Profile

 

正田 篤司 (まさだ あつし)

 

 

1969年3月6日生まれ。

 

                大阪府出身。

 

 

 

 

まさだ療術院・エネルギー療術士。

 

ABSベーシック・コース認定講師。

 

 

大阪府立大学総合科学部 数理科学卒業後、

 

日本アイビーエム入社。

 

 

銀行業務開発SEとして入社し

 

上級ITスペシャリストとして活躍。

 

 

ソフトウェア事業部 部長職になるが

2013年12月退社し

新事業を始める。

 

 

 

誰でも無限の可能性を秘めているので

そのチカラに気づいてもらうための

お手伝いをするため

日本国中のクライアントのもとへ足を運んでいる。

 

 

 

【まさだ療術院】

https://sites.google.com/a/amasada.com/energy2/home

 

【アクティブ・ブレイン・セミナー】

http://www.oda-abs.com/teachers/detail/087/

20人目のゲストはサラリーマン『転覆隊』隊長、環境マンガ家の本田 亮さん。 

profile

 

 

本田 亮(ほんだ りょう)

 

 

1953年3月30日生まれ。

 

 東京都出身。

 

日大芸術学部写真学科卒業。

 

 

 

CMプランナー。

 

 

元電通エクゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター。

 

 

 

サラリーマン「転覆隊」隊長。

 

 

 

環境マンガ家。

 

 

 

写真家。

 

 

 

作家。

 

 

 

大学を受験する時に進学する事に疑問を抱き、

 

高校3年の途中で受験勉強をやめ読書に没頭する。

 

 

 

 

そのとき、1冊の本に出会い、人生について考得させられ、

受験の直前で進路を日本大学芸術学部写真学科に決めるが試験で落ちる。

 

 

 

 

写真家になる夢をかなえるため浪人生になる。

 

 

日本大学芸術学部卒業後、電通に入社。

 

 

 

その後はCMプランナーとして活躍。

 

 

 

 

「ピカピカの1年生」を始め、

数々のテレビCMを手がける。

 

 

 

 

昔から自然が好きだったこともあり、

仲間3人とカヌーで川下りを始めた事がきっかけとなり、

 

「転覆隊」を結成。

 

 

日本一ヘタなカヌーチームの隊長に就任。

 

 

 また、環境問題の事を考え始め自分にできる事は何かを考え、

環境マンガを描く事を決意。

 

 

 

1991年には環境マンガ「エコノザウルスが行く」

 

が出版される。

 

 

 

 

2011年、電通を早期退職。

 

 

 

現在も転覆隊の隊長としてアウトドア雑誌「ビーパル」での連載をつづけながら、

環境マンガ家として全国で「エコノザウルス」展を開催中。

 

 

 

 

書籍

 

『僕が電通を辞める日に絶対伝えたかった79の仕事の話/大和書房』

 

『ママチャリお遍路1200km/小学館』 

 

 

『あんたも私もエコノザウルス』(小学館)など

 

 

 

本田亮さんホームページ

 

http://ryohonda.jp/

 

 

 

サラリーマン転覆隊

 

https://www.facebook.com/tenpukutai1988

 

 

22人目のゲストは映画監督の原 一男さん。

profile

 

原 一男(はら かずお) 

 

 

1945年6月8日生まれ。

 

 

 

山口県出身。

 

 

 

東京綜合写真専門学校中退。

 

 

 

映画監督。大阪芸術大学映像学科教授。

  

 

 

高校卒業後上京し、新聞配達を続けながら

 

東京綜合写真専門学校に通うが、

学業との両立ができずに専門学校を中退。

 

 

1971年 田原総一郎さんの作品『日本の花嫁』にリポーター役で出演。

 

 

 

1972年 小林佐智子さん(現夫人)と共に疾走プロダクションを設立。

      同年ドキュメンタリー映画『さようならCP』で監督デビューする。

 

 

 

1974年 『極私的エロス・恋歌1974』発表。

 

 

 

1987年 『ゆきゆきて、神軍』を発表。

      日本映画監督協会新人賞、ベルリン映画祭カリガリ賞、

      パリ国際ドキュメンタリー映画祭グランプリ受賞。

 

 

1994年 『全身小説家』キネマ旬報ベストテン日本映画第1位。

 

  

 

 

監督作品  

 

ゆきゆきて、神軍 (1987)

 

 

全身小説家 (1994)

 

 

ニッポン国泉南アスベスト村(2016年)

 

 

原 一男監督のホームページ

 

http://www.docudocu.jp/

 

 

23人目のゲストは演劇集団キャラメルボックス 製作総指揮 加藤昌史さん。

profile

 

加藤昌史(かとう まさふみ)

 

 

1961年10月25日生まれ。

 

 

 

東京都出身。

 

 

 

早稲田大学教育学部

教育学部教育学科教育学専修。

 

 

 

演劇集団キャラメルボックス 製作総指揮・音楽監督。

 

 

 

株式会社ネビュラプロジェクト 代表取締役社長。

 

 

 

株式会社ネヴァーランド・アーツ 代表取締役社長。

 

 

 

 

 

家庭の事情で高校3年の時に長崎の高校に転入。

 

 

 

転入当時、東京から来た転校生ということと

 

髪の毛が肩まであったこともあり、

 

「きゃぶっとる」(カッコつけている)と言われ

 

同級生からは引かれていた。

 

 

 

しかし、転入早々行われたテストで化学で0点をとったことが

 

きっかとなり一躍校内の人気者に!

 

 

高校3年の夏まで放送部で活動を続ける。

 

 

 

早稲田大学に進学することを心に決めていた。

 

 

 

しかし当時の成績は全国模試で10何万人中

 

後から数えた方が早いほどの順位。

 

 

偏差値はなんと32。

 

 

 

1日16時間時間以上、勉強に時間を費やし

 

 

 

1年後、早稲田大学教育学部に見事!?合格。

 

  

 

大学2年のとき、成井豊さんの「キャラメルばらーど」

 

を観て感動し号泣。

 

 

 

 

成井豊さんの舞台を100万人に観てもらうと心に決めた

ときの観客数は1000人(充分プロで活動できる)にも満たなかった。

 

 

 

 

社会人劇団として活動を開始し

年2回の公演を行っていた。

 

 

 

公演ごとに驚異的な観客動員数を記録し、

 

1988年プロとして「演劇集団キャラメルボックス」の活動を開始する。

 

「お客さんのことを『キャクと呼ばない』」

 

 

「劇場でパンフレットを落としたお客さんがいたら

 新しいパンフレットに直ぐに取り替える」

 

 

など当たり前のことを演劇界に広める。

 

 

演劇界で初となる上演時間が半分の「ハーフタイムシアター」や

 

公演当日の10時から開演1時間前まで

 

特定のチケット売り場で購入すると

 

通常料金の半分の料金で観劇できる

 

「ハーフプライスチケット」を導入。

 

 

これまで4000ステージ以上、開演前に舞台に立ち、

お客さんに観劇マナーを伝える前説を行い続けている。

 

 

 

 

著書

 

『いいこと思いついたっ!』出版社: 日本短波放送

 

『拍手という花束のために』出版社: ロゼッタストーン

 

 

 

『人の前に出る仕事の人へ。』出版社: ぴあ

 

演劇集団キャラメルボックスHP

 

http://www.caramelbox.com/

 

 

 

加藤昌史さん twitter

 

@KatohMasafumi

 

加藤昌史さんブログ 「加藤の今日」

 

 

http://caramelbox-kato.blog.so-net.ne.jp/

 

 

 

 

 

 

24人目のゲストはホセ・ムヒカ 前ウルグアイ大統領に単独インタビューを行った         ライター 平井有太さん。

profile

 

平井有太(ひらい ゆうた

 

 

1975年 東京生まれ。

 

 

School of Visual Arts卒業。

 

 

 

ライター。

 

 

市民測定所

「ふくしま30年プロジェクト」理事。

 

 

 

エネルギーのポータルサイト「ENECT」編集長。

 

 

 

 

父親から「人に伝わる文章を書け」と言われ

 

子供の頃より文章を書く。

 

 

 

 

中学のときにアメリカでホームステイを経験。

 

 

 

 

ヒップホップとアートに影響を受け、

ニューヨークのSchool of Visual Artsに入学。

 

 

 

卒業後、2001年に帰国。

 

 

 

「有太マン」名義でフリーライターとして活動。

 

 

 


2012年には福島県に移住。

 

 

農協×生協×福島大学による

 

 

「土壌スクリーニング・プロジェクト」事務局を努め、

 

 

福島市内の全田んぼと果樹園で、

約10万ポイントの放射線量を測る。 

    

 

 

 

2015年、福島市議選に出馬し落選。

 

 

 

 

ウルグアイに渡航し、アポなしで私邸を訪れたにも関わらず、

 

ホセ・ムヒカ 前ウルグアイ大統領のインタビューに成功する。

 

 

著書

 

『福島 未来を切り開く』(SEEDS出版、2015年)

 

『ビオクラシー』(SEEDS出版、2016年)

 

『虚人と巨人』(辰巳出版、2016年)。

 

 

 

25人目のゲストは作家、本橋信宏さん。

 

profile

 

本橋 信宏(もとはし のぶひろ 

 

 

 

1956年 4月4日生まれ。

 

 

埼玉県所沢市出身。

 

 

早稲田大学政治経済学部卒業。

 

 

作家。

 

 

 

小学校1年生の時、「死んだ犬」というタイトルで作文を書いたら

 

先生から誉められ文章を書くオモシロさを知る。

 

 

 

読書家で夏目漱石や江戸川乱歩など文学作品に触れ、

 

小学校6年生の頃には小説を書き始める。

  

 

受験のとき、早稲田大学に入って中退し作家になろうと決める。

 

 

 

大学では企画系サークルに入り、

 

甲斐バンド・コンサートの企画やテレビ出演などを繰り返し、

 

まだ無名時代のテリー伊藤さんと知り合う。

 

 

卒業後は、テリー伊藤さんがいた制作会社に入社するものの2ヶ月で退社。

 

 

 

イベント制作会社を経て、24歳で念願のフリーランスになる。

 

 

 

1981年4月、ミリオン出版社から「ザ・キャンパス」で作家デビュー。

 

 

 

1983年、新英出版の『スクランブルPOHTO』編集長になるが

 

半年で廃刊の憂き目にあう。

 

 

 

1984年、物書き業をやりながらクリスタル映像で広報や作品制作に携わる。

 

 

 

1988年、ダイヤモンド映像の広報、プロデューサーに。

 

 

1991年、文筆業一本にもどる。収入は半分以下に。

 

 

完全復帰後、著作を相次ぎ発表。

 

私小説的手法で壮大な庶民史を描くことをライフワークとしている。

 

 

著書

 

 

 

『「全学連」研究 :革命闘争史と今後の挑戦』青年書館 1985

 

『裏本時代』飛鳥新社 1996・現在幻冬舎アウトロー文庫

 

『アダルトビデオ 村西とおるとその時代』飛鳥新社 1998 

 ・現在『AV時代』幻冬舎アウトロー文庫

 

『悪党ほど我が子をかわいがる』亜紀書房 2005

  

『全裸監督』太田出版 2016 など