お詫び。

これまでPVができるまで配信を行いませんでした。

丹下さんに順番の大切さについて教えて頂き

これまでの配信のやり方がおかしかった事に気づきました。

これからは配信をおこなった後にVTRと文章をアップさせて頂きます。

ご出演頂きました方々に多大なご迷惑をかけ申し訳ございませんでした。

 

ちょっと普段の配信とは違いますが

近日思ったこと書いてみたいと思います。

 

 

熊本のボランティアセンターで出会ったスタッフの方々。 

 

熊本でのボランティアでヨウメイが思ったこと

 

 

 

漆黒のワゴンタイプのベンツがやって来た。

 

 

 

 

中からちょっと厳ついお父さんが出てきた。

 

 

 

 

「にいちゃん、この車に一輪車を詰めてくれ!」

 

 

 

 

聞き間違いではない。

 

 

 

 

ヨウメイに指を詰めろではなく、一輪車を詰めてくれと

 

頼まれたのであった。

 

 

 

 

 

「昨日、土のう袋300個を手運びで運んだら

 

 

 めっさ大変やってん。

 

 

 他の人も助かると思うからよろしく頼むわ!」

 

 

 

 

 

「来た仕事の依頼はよっぽどのことがない限りは断るな」

 

 

と加藤鷹さんに教えて頂いたヨウメイである。

 

 

 

 

 

「わかりました。何とかします。」

 

 

 

 

 

通称ネコと呼ばれるタイプの一輪車。

 

しかも泥だらけの一輪車を

 

 

ベンツに積み込むミッションがヨウメイに与えられたのであった。

 

 

 

 

ワゴンタイプのベンツの後部、リアハッチを開く。

 

 

 

 

ちょっと厳ついお父さんがボランティアのため

 

持って来られたハンマーやバールなど

 

仕事道具が積載されていて、

とても一輪車を積み込めないことが瞬時にわかった。

 

 

 

 

「これ、一輪車を積むにはリアシートでないと無理ですね。

 

 

 もし、積み込む時に大切なベンツにキズがついても大丈夫ですか?」

 

 

何か起こったときのためにエクスキューズは投げてみる。

 

 

 

 

「大丈夫だ。ベンツのキズは金で直せる。あんちゃんよろしく頼むわ。」

 

 

 

「わかりました。では遠慮なく。」

 

 

 

 

さすがに泥だらけの一輪車を後部座席に

 

詰め込む訳にはいかない。

 

 

 

 

せめて、一輪車についている泥がシートにはつかないように

 

ブルーシートで後部座席を覆う。

 

 

 

 

「では一輪車詰め込みます。」

 

 

 

 

一輪車の取っ手を持ちあげ

 

頭からベンツの後部座席に突っ込む。

 

 

 

 

 

 

 

ゴリ、ゴリ、ゴリゴリゴリ。

 

 

 

 

 

早速ベンツのルーフにキズをつけてしまうヨウメイであった。

 

 

 

 

 

「すみません。ルーフのところにキズが…」

 

 

わざとやったのではない。

 

 

 

 

「あんちゃん、気にするな、もうちょっとで一輪車のりそうや。

 

 

 続けてくれ。」

 

 

神様降臨の瞬間であった。

 

 

 

 

 

「わかりました。」

 

 

 

 

ゴリゴリゴリ。

 

 

 

 

ベンツのキズがさらに広がる。

 

 

 

 

「リアウインドウを下げて頂いたら何とか乗せれそうです。」

 

 

 

 

「ちょっとまっとれ。」

 

 

 

 

リアウインドウが下がり、

 

その瞬間を見計らって後部座席に一輪車を押し込んだ。

 

 

 

 

ベンツの助手席の後にも泥がつく。

 

 

 

 

しかし、後部座席には一輪車が鎮座した。

 

 

 

 

 

「ベンツにキズつけてしまってスミマセンでした。」

 

 

 

 

「あんちゃん、ありがとう。

 

 これで他のボランティアさんも助かるわ。」

 

 

 

 

 

とだけ言い残し厳ついおっちゃんは颯爽と

 

被災者のところへと向かったのであった。

 

  

 

 

 

トイレの神様ではなく、

 

ベンツの神様と出会った瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

ヨウメイが今回、熊本にボランティアに行ったのは

 

このメディアを始める2年前、熊本に坂口恭平さんに

 

もの申しに行ったことが大きい。

 

 

 

そのとき、見た熊本がどうなっているのか。

 

何かできることがあればお手伝いできればと思ったのがきっかけである。

 

 

 

 

 

オレオレ詐欺ではないが、

 

ヨウメイがおしかけボレンティアをして思ったことに

 

少しお付き合いくださいませ。

 

 

 

 

 

 

 

熊本の震災があってから1ヶ月半が経とうとしていた。

 

 

 

 

 

震災直後、直ぐに行かなければと思ったのだが、

 

ボランティアの数が多いだろうと思って

 

減って来てから行動を起こした。

 

 

 

 

 

熊本市内の現状を何にも知らないままバスで熊本駅に到着。

 

 

 

 

 

まず向かったのは

 

テント泊ができるボランティアの受け入れ場所。

 

 

 

 

 

事前に熊本に滞在する宿泊日数を予約していたのである。

 

 

 

 

 

 

 

テント泊ができるボランティアの受け入れ場所に到着し、

受付へと向かった。

 

 

 

 

 

料金を払おうとすると、

 

宿泊日数分前払いでお願いしますとのこと。

 

 

 

しかも、1泊500円と思っていたら、

 

場所を借りるのに500円でテントは別料金で

 

500円かかるという。

 

 

 

「途中でキャンセルするとどうなるんですか?」

 

 

 

と聞くと

 

 

 

 

「返金は一切できません」との答えが返ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

ボランティアを受け入れていながら

 

お金をとる。

 

 

収益金は募金として寄付するとあるが

どうも怪しい。

 

 

 

 

 

限りなく透明に近いブルーではないが

 

限りなくクロに近いグレーである。

 

 

 

 

 

 

何だかボランティア受け入れ先の空気がおかしい。

 

 

 

 

 

予定外の出費ではあるが他に宿泊のあてもないので

 

お金を払ってしまった。

 

 

 

 

 

ボランティアの受け入れ先でも

 

ボランティアを募集しているが

 

正午過ぎについたこともあり本日の案件は終了していた。

 

 

 

 

 

ただ、先にきていたボランティアの方々が

 

受け入れ場所で活動している。

 

 

 

 

何かを作っているようである。

 

 

 

 

 

しかし、なぜか手伝う気には全くなれないヨウメイであった。

 

 

 

 

 

全く復興とは関係のないことを

 

ボランティアを使ってさせているように思ったからである。

 

 

 

 

 

ということで熊本市社会福祉協議会が行っている

 

花畑広場のボランティアセンターへ向かうことにした。

 

 

 

 

チャリが無料で借りられるということですぐに手にいれ

 

ボランティアセンターの会場へと向かう。

 

 

 

 

途中、熊本城があったので、

興味がそそられ寄り道をするのであった。

 

 

 

 

 

熊本城の下にある神社は石垣が崩れてきて

 

完全に倒壊している。

 

 

 

 

 

城門の入り口にも石垣が崩れ当然のこと

 

城内に入ることはできない。

 

 

 

 

 

地震が起こってから何も手つかずの

 

ままのような気がした。

 

 

 

 

 

おしかけボランティアに来ていながら

 

ボランティア活動ができるか不安になるヨウメイであった。

 

 

 

 

 

ようやく花畑広場へ着くとテントが張られ

 

ボランティアの人達がいた。

 

 

 

 

 

どこで受付をしているのかと思って

 

周りの人に聞いてみると中央のテントの

 

ところへ行けば担当の方がいるので教えてくれるとのこと。

 

 

 

 

 

 

果たしてひげ面のおっさんを受け入れてくれるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

恐る恐るテントへ向かうヨウメイであった。

 

 

 

 

「あのう、売名行為でボランティアに来たんですけど…」

 

 

 

 

「あ、ボランティアにいらっしゃったんですか?(熊本イントネーション)」

 

 

 

 

「ええ」

 

 

 

 

低姿勢で答えるヨウメイ。

 

 

 

 

「どのくらいの期間いらっしゃるんですかね?(熊本イントネーション)」

 

 

 

 

 

「いまのところ一週間ほどを予定しているんですが。」

 

 

 

 

「それなら、明日から運営やって頂けませんかね?」

 

 

 

 

「え 運営ですか? それって現場にでれるんですか?」

 

 

 

 

「いえ、ボランティアに来られた方に

 

 被災者の方から来た依頼を紹介するマッチング担当になるので

 

 現場には行けないかもしれませんが大丈夫ですか?」

 

 

 

 

「わかりました。自分でよければお願いします。」

 

 

 

 

先に来た依頼は受けるヨウメイである。

 

 

 

 

「それではちょっと朝、早いですが7時30分にココに来て下さい」

 

 

 

 

「え、7時30分ですか?」

 

 

 

 

「ボランティアの受け入れが9時からになっていますので」

 

 

 

 

「わかりました。」

 

 

 

 

 

テントへ戻る途中考えた。

 

 

 

 

 

運営なんてやったことがないので、

 

そんなことができるのか分からないからである。

 

 

 

 

ボランティアで来た人に、紙面上だけの知らないボランティア案件を

 

紹介しなければならないとっても重要な任務である。

 

 

 

 

果たしてヨウメイにできるのであろうか?

 

 

 

 

受けたミッションはこなさなければならないのである。

 

 

 

 

できなければクビでいいやと直ぐに開き直ったのである。

 

 

 

 

 

テントがある所へもどるとボランティア活動をしていた方々が

戻ってきていた。

 

 

 

 

 

明日のためにそのイチ。

 

 

携帯電話を充電していると声をかけられた。

 

 

 

 

「明日、どこでボランティアをされるんですか?」

 

 

 

 

「花畑広場で行われている所に行こうと思っているんですが。」

 

 

 

 

「あそこ私には合わなかったんですよね。」

 

 

 

 

「どうしてですか?」

 

 

 

「ボランティアに行っても1時間ぐらいで終わってしまって

 

 

 やりがいがないんです。」

 

 

 

この人、ヨウメイ以上にどあほだと思った。

 

二度とこの人とは口をきかないと心のATフィールドを閉じたのであった。

 

 

 

 

 

さらに重ねて教えてくれる。

 

 

 

 

「ボランティア受付で並んでも、人数に達すると断られてしまうんですよ」

 

 

 

 

救いようがないと思った瞬間である。

 

 

 

 

 

そして、他の方々も花畑広場で行われているボランティアの時間が

 

短いだの、内容が簡単だのいろいろなことを教えてくれるのであった。

 

 

 

 

 

 

それを聞いて、本当に運営のボランティアに参加してよいのか正直迷った。

 

 

 

 

なんと心の弱いヨウメイである。

 

 

 

 

 

しかし明日、7時30分に行くと答えてしまったので

 

いまさら逃げることはできないのであった。

 

 

 

 

 

明日は時間通りに行かなければならない。

 

 

 

 

その為には、交通費を節約するためにも

 

チャリが必要である。

 

 

 

 

 

宿泊所の受付で明日の朝、6時30分に自転車を借りたいのですが

 

大丈夫ですかと聞くと、

 

 

 

 

大丈夫との返事が返ってきた。

 

 

 

 

この言葉を鵜呑みにしてしまったどあほなヨウメイである。

 

 

 

 

 

このことにより、ヨウメイはボランティア初日から

 

やらかすこととなるのである。

 

 

 

 

 

 

 

明日は早いので寝ることにする。

 

 

 

 

シェルパ斉藤さんのところの竪穴式住居で寝て以来の

 

テントでの宿泊である。

 

 

 

 

そして、テントで寝るのに寝袋を持ってきていないことであった。

 

 

 

 

 

家をでる30分前に荷造りをしたため、

いろいろ必要なものを

 

すべて家に忘れてきていたのであった。

 

 

 

 

唯一持ってきた寒さ対策は長袖1枚のみである。

 

 

 

 

6月上旬の熊本の夜を完全になめていた。

 

 

 

 

これでは夜、冷えると寝ることができない。

 

 

 

 

しかし、そこは多摩川のろびんそんさんに教えて頂いた

 

ことが思い出された。

 

 

 

 

寒い中、外で誰でも寝る方法である。

 

 

 

 

ダンボールで体の周りを囲い新聞紙を体にかければ

寒さをしのげるということである。

 

 

 

 

 

最近スーパーでは袋の料金をとる代わりに無料でダンボールを

 

提供してくれることを知っていたヨウメイである。

 

 

 

 

ボランティアセンターからの帰り道に

スーパーで大量のダンボールが置いてあったのを

 

遠慮なく頂いていたのであった。

 

 

 

 

しかし寒すぎて寝ることができない。

 

 

 

 

竪穴式住居ではたき火があったため寝ることができたのであったが

 

テントの中では火を起こすことができない。

 

 

 

 

そして集めてきたダンボールの数が少なかった。

 

 

 

 

多摩川のろびんそんさんに教えて頂いていた量ではなかったのである。

 

 

 

 

布団として体の下に敷くには十分な量ではあったが

 

体の周りを囲う分には十分な量ではなかったのである。

 

 

 

 

寒い。

 

 

 

 

テントの中ではあったが夜中に何度も目が覚めた。

 

 

 

 

 

明日、新たなダンボールを補充しなければならない。

 

 

 

 

 

それなら寝袋を買えとお思いになる方もいるとは思うが

 

金は払えんのである。

 

 

 

 

 

朝、6時30分に目が覚め、受付を訪れると

 

誰もいない。

 

 

 

 

やられたと思った。

 

 

 

 

 

 

昨日、確認をしたにも関わらず受付の人がいないのである。

 

 

 

 

ヨウメイのした確認など、誰も知らないのである。

 

 

平気で嘘をつく受付。

 

 

クロだと確信した瞬間であった。

 

 

 

 

 

やられたと思ったが早く出発しなければ約束の時間に間に合わない。

 

 

 

 

歩くと1時間30分以上かかるが仕方がない。

 

 

 

 

行って謝るしかない。

 

 

 

 

ボランティア初日からの遅刻であった。

 

 

 

 

約束の時間も守れない最低のボランティアである。

 

 

 

 

 

宿泊していたところから歩き始めて30分。

 

 

 

 

運がいいことにバス停を発見。

 

 

 

 

時間を確認すると3分後に来る。

 

 

 

 

運がいいと思ったが、遅刻は変わらない。

 

 

 

 

 

ボランティアセンターに着いた時間は

7時45分であった。

 

 

 

 

 

 

藤原喜明組長を怒らせた教訓が今回も

 

いかせなかったのである。

 

 

 

 

藤原組長すみません。

 

まだ成長できておりません。

 

 

 

 

 

「初日からスミマセン。遅刻しました。」

 

 

 

 

「大丈夫ですよ。気にしないで下さい」

 

 

 

 

気にします!!!!

 

 

 

 

「それではマッチングの方、説明しますので

 

 一度、後ろについて見ていて下さい。」

 

 

 

 

何事もなく受け入れてくれたのであった。

 

 

 

 

 

 

9時になるとボランティアの方々が会場に入ってきた。

 

 

 

 

 

「おはようございます。」

 

 

 

 

ひげ面のヨウメイが迎え入れるのであった。

 

 

 

 

 

 

うさんくささ120%。

 

怪しさ1000倍である。

 

 

 

 

 

 

ボランティアの中にヒゲを生やしたドンガバチョが一人いるのである。

 

 

 


 

 

 

 

 

やるなブライトではないが、やるな熊本市!

 

 

 

 

このポジションによくヨウメイを配置したなと思った瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

担当の方の後ろについてマッチングの流れを確認する。

 

 

 

 

 

最初に行うのが被災者からの依頼内容の確認。

 

 

 

依頼されている人数を来ているボランティアの中から集め、

 

 

 

案件を説明する。

 

 

 

そして資材を渡して被災者の所へと送り出すのである。

 

 

 

 

 

担当のひとの後ろについて見ているとできるかなと思うが

 

一点引っかかるところが。

 

 

災害ゴミの出し方が全く分からない。

 

何を説明しているかどあほなヨウメイには理解することが

 

全くできなかったのである。

 

 

 

これはまずい。

 

 

 

人に説明することができない。

 

 

 

 

 

そう思っていると、

 

 

 

 

 

「じゃ、次、ヨウメイさんやってみましょうか?」

 

 

 

 

 

まじっすか!? 

 

 

 

 

 

まだ、全然何も分かってないですが…

 

 

 

「では、この案件 お願いします。」

 

 

 

「わかりました。」

 

 

 

失敗は決して許されないのである。

 

 

 

それでも失敗するのがヨウメイである。

 

 

 

 

 

案件の内容を理解して人を集めるまでは良かったが、

 

そこからボランティアからいろいろとツッコまれまくること。

 

 

 

 

 

「場所は熊本のどの辺りですか?」

 

 

 

 

 

来たばっかりで分かりません。

 

 

 

 

 

「バスで行くとどれぐらいかかりますか?」

 

 

 

バスが多すぎてまだ時間と行き方が調べられておりません。

 

 

 

 

 

「ゴミはどうするんですか?」

 

 

 

 

 

キター!!!!!!

 

 

 

「まだ理解できていません」

 

 

 

と決して答えられないのであった。

 

 

 

 

 

突っ込まれることが多すぎて

 

説明できると思っていたことが全くできない。

 

 

 

担当した組を送り出すのに時間がかかりすぎてしまった。

 

そして知っているふりをしてしゃべってしまった

 

とても最低なヨウメイである。

 

 

 

 

 

解らない方のために偉そうに解説することにする。

 

 

 

 

ボランティアセンターで行われているボランティア活動は

時間が決まっているのである。

 

 

 

 

つまり9時から受付をしてから

16時には必ず終わらなければならないのである。

 

 

 

 

 

ということは送り出す時間が遅れれば遅れるほど、

被災者の方のところを訪れてからの活動時間が短くなってしまうのである。

 

 

 

 

ということは、マッチングという部署には正確さとスピードが求められるのである。

 

 

 

 

そして何よりも想像力が必要とされるのである。

 

 

 

 

なぜ、想像力が必要かというと被災者の方の情報が少ないため、

 

ボランティアを行うにあたり、危険性や、資材、起こりえる事故等

 

をイメージでき説明できなくてはならないからである。

 

 

 

 

優先されるのは被災者の方の生活が日常に戻ること。

 

 

 

 

そして、ボランティアで参加された方が事故なく戻ってくることなのである。

 

 

 

 

そのために頭をフル回転させなければできない部署なのであった。

 

 

 

 

最初送り出した方では突っ込まれすぎて

迷惑をかけてしまったヨウメイである。

 

 

 

 

しかし、次はないのである。

 

 

 

 

突っ込まれるところが解ればそこをつぶしていけばいいのである。

 

 

 

そのことに気づいた。

 

 

 

 

そして、経験されている方の情報を聞き出すことができれば、

 

想像することができる。

 

 

 

 

それができればうまくできるのではないかと思った。

 

 

 

 

それならお話を聞くことにしてみようと思ったのである。

 

 

 

 

先に来ているボランティアの方々に時間をいただいて

お話を聞くことにしたのである。

 

 

 

 

 

するといろいろなことがわかったのであった。

 

 

 

 

 

やはり、事件は会議室で起きているのではなく、

 

現場の声が大事なのであった。

 

 

 

 

 

書類上ではわからないことを教えて頂いたのであった。

 

 

 

ボランティアで時間が短いだの、案件が面白くないなど

 

とんでもないお話である。

 

 

 

ボランテイアに行かれた人のお話を聞いてそう思ったのである。

 

 

 

人の話だけを聞いて、真実が見えていなかったため

 

簡単に心が動いてしまった売名ボランティアのヨウメイであった。

 

 

 

 

 

なんのためにボランティアに来られているのかを

 

もう一度よく考えられた方がいいのである。

 

 

そして、翌日からボランティアの方に説明する時に

 

「1時間で終わる可能性がある案件かもしれませんが

 行って頂ける方いらっしゃいますか?」

 

 

と聞くようにした。

 

 

 

参加してくださるボランティアの方は快くいって下さる。

 

 

中には、

 

「1時間で終わるような案件いけるか!!」

 

 

とおっしゃって下さる素晴らしいボランティアの方もいた。

 

 

ボランティアの案件を選びすぎて、参加できる案件がなくなって

文句をいいながら参加される方。

 

 

そして、「何でもやりますからボランティアさせて下さい」

とおっしゃる方に、トイレ掃除と公園の掃除をお願いしたら

 

「それはできません」と断られる方。

 

いろんな方がいらっしゃいますがもう一度

何が大事なのかを考えてみられてはいかがでしょうか?

 

 

 

 

 

そして、ボランティアで参加されている方々のなかでも、

 

自分の車を出してボランティア活動をされる人。

 

ガソリン代全て自分持ちなのでとんでもない費用がかかるのと

 

知らない人を自分の車に乗せて移動しなければならないのである。

 

その方々のことを考えれば、文句は出ないのではないでしょうか?

 

 

 

今回であった中のお一人、トイレの神様ならぬベンツの神様であったのである。

 

 

 

 

 こんなこと書いてますが、ボランティアのやり方に反抗し、

 途中で運営クビになったヨウメイのたわごとですので

 そこはご配慮ください。

 

※もう少し修正いたします。 

 

 

 

 

 

 

 

24人目のゲストはホセ・ムヒカ 前ウルグアイ大統領に単独インタビューを行った         ライター 平井有太さん。

平井有太さんがホセ・ムヒカ前ウルグアイ大統領に会いに行った理由!

配信はこちらから

アンドロイド用

平井有太さんがホセ・ムヒカ 前ウルグアイ大統領にインタビューを行った理由_前編  56分

平井有太さんがホセ・ムヒカ 前ウルグアイ大統領にインタビューを行った理由_後編  54分

i-phone用

平井有太さんがホセ・ムヒカ 前ウルグアイ大統領にインタビューを行った理由_前編  56分

平井有太さんがホセ・ムヒカ 前ウルグアイ大統領にインタビューを行った理由_後編  54分

23人目のゲストは演劇集団キャラメルボックス 製作総指揮 加藤昌史さん。

profile

 

加藤昌史(かとう まさふみ)

1961年10月25日生まれ。

 

 

 

東京都出身。

 

 

 

早稲田大学教育学部

教育学部教育学科教育学専修。

 

 

 

演劇集団キャラメルボックス 製作総指揮・音楽監督。

 

 

 

株式会社ネビュラプロジェクト 代表取締役社長。

 

 

 

株式会社ネヴァーランド・アーツ 代表取締役社長。

 

 

中高一貫教育の私立中学に入学するも

 

途中で勉強が分からなくなり、成績が下がり始める。

 

 

 

唯一の楽しみは放送部で活動すること。

 

 

放送部ではVTRデッキとビデオカメラを使いテレビドラマを制作したり

mmフイルムで撮影し映画を制作する。

 

 

 

部員と一緒に協力し文化祭で発表した作品が校内で賞を受賞。

 

 

 

そのことがきっかけで、人から認められる喜びを知る。

 

 

 

映画や音楽など様々なジャンルに精通した友達が多かった。

 

 

 

話題についていくためだけに、映画館に通う日々を送る。

 

 

 

一日に5本の映画を鑑賞したこともあるほど。

 

 

 

そして、映画の待ち時間を使っては読書に没頭する。

 

 

 

ロックバンドを結成しバンド活動にも励む。

 

 

 

音楽では衝撃を受けたのはKISS。

 

 

ライブを観に行くため

 

朝の5時からチケット売り場に並ぶほどの大ファン。

 

 

 

 

 

しかし、友人が歌うフォークソング(かぐや姫)を聞き、

 

その日のうちにロックバンドを解散。

 

 

 

フォークグループに入る。

 

大好きだったのはオフコース。

 

 

 

小田和正さんの詩に魅了される。

 

 

 

家庭の事情で高校3年の時に長崎の高校に転入。

 

 

 

転入当時、東京から来た転校生ということと

 

髪の毛が肩まであったこともあり、

 

「きゃぶっとる」(カッコつけている)と言われ

 

同級生からは引かれていた。

 

 

 

しかし、転入早々行われたテストで化学で0点をとったことが

 

きっかとなり一躍校内の人気者に!

 

 

 

学年内で話題にはならなかったが世界史は8点をとっていた。

 

 

 

先生に頼まれたこともあり、転校先でも放送部に入部。

 

 

 

入部した放送部の同級生が標準語で発生練習をするのを聞き

 

コレまで自分が話しているのが標準語だと

 

思っていたことが間違いだと気づく。

 

 

 

高校3年の夏まで放送部で活動を続ける。

 

 

 

秋の進路指導の時に

 

 

「早稲田大学に進学します。」

 

 

と面談で言ったところ先生が固まってしまい、

 

 

「ひとつだけ入れるところがあるからそこに進学しろ」

 

 

と勧められるが断る。

 

 

 

早稲田大学に進学することを心に決めていた。

 

 

 

しかし当時の成績は全国模試で10何万人中

 

後から数えた方が早いほどの順位。

 

 

偏差値はなんと32。

 

 

 

浪人することが決まった時に

一切、自分のあまえを断ち切る。

 

 

 

朝4時に起き、始発電車に乗り

代々木ゼミナールに通う。

 

 

 

そして予備校の門が開くまで単語帳や参考書に目を通し

 

開門後には自習室で授業の予習に励む。

 

 

 

授業中は一番前の席に座り授業を受け、

 

授業が終わった後はまた自習室で勉強し帰宅。

 

 

 

1日16時間時間以上、勉強に時間を費やす。

 

 

 

1年後、早稲田大学教育学部に見事!?合格。

 

 

 

入学後、高校の時のから尊敬していた先輩、

 

鈴木聡さん(劇団ラッパ屋)の「劇団テアトロ50‘」

 

の舞台を観に行く。

 

 

 

これはかなわないと思い、別のジャンルで魂が奮えるものを探し、

いろいろなサークルに入部。

 

 

 

大学2年のとき、成井豊さんの「キャラメルばらーど」

 

を観て感動し号泣。

 

 

 

 

成井豊さんの舞台を100万人に観てもらうと心に決めた

ときの観客数は1000人(充分プロで活動できる)にも満たなかった。

 

 

 

 

社会人劇団として活動を開始し

年2回の公演を行っていた。

 

 

 

公演ごとに驚異的な観客動員数を記録し、

 

1988年プロとして「演劇集団キャラメルボックス」の活動を開始する。

 

 

 

劇団結成時から

 

 

「公演初日に完成した舞台をお客さんに届けることができなければ

 劇団を解散する」ことを公言。

 

 

 

「お客さんのことを『キャクと呼ばない』」

 

 

「劇場でパンフレットを落としたお客さんがいたら

 新しいパンフレットに直ぐに取り替える」

 

 

など当たり前のことを演劇界に広める。

 

 

 

スタッフの方々には恐怖!?の一言

 

 

 

「いいこと思いついたっ!」。

 

 

 

演劇界で初となる上演時間が半分の「ハーフタイムシアター」や

 

公演当日の10時から開演1時間前まで

 

特定のチケット売り場で購入すると

 

通常料金の半分の料金で観劇できる

 

「ハーフプライスチケット」を導入。

 

 

 

キャラメルボックス サポーターズ クラブでは

 

入会金2000円以上の特典がつくサービスを行い、

 

逆に会社に赤字がでるほど。

 

 

 

 

 

株式会社ネビュラプロジェクト 代表取締役社長、

 

株式会社ネヴァーランド・アーツ 代表取締役社長であり、

 

演劇集団キャラメルボックス 製作総指揮、音楽監督を務める。

 

 

 

これまで4000ステージ以上、開演前に舞台に立ち、

お客さんに観劇マナーを伝える前説を行い続けている。

 

 

 

成井豊さんの舞台を100万人に観てもらうという

 

目標はすで達成。

 

 

観客動員数は260万人を突破。

 

 

2016年で劇団結成31周年を迎える。

 

 

 

加藤昌史さんの夢は100年後も

 

演劇集団キャラメルボックスが存続していること。

 

 

 

加藤昌史さんがこれまでに迎えた困難を笑って

 

乗り越えてきた折れない心の秘密を知りたい方は

 

著書『いいこと思いついたっ!』の304ページを

 

ご覧ください。

 

 

 

 

 

著書

 

『いいこと思いついたっ!』出版社: 日本短波放送

 

『拍手という花束のために』出版社: ロゼッタストーン

 

『嫌われ者のすすめ』出版社: ロゼッタストーン

 

『僕が元気にヤセた理由』出版社: ロゼッタストーン

 

『人の前に出る仕事の人へ。』出版社: ぴあ

 

演劇集団キャラメルボックスHP

 

http://www.caramelbox.com/

 

 

 

加藤昌史さん twitter

 

@KatohMasafumi

 

加藤昌史さんブログ 「加藤の今日」

 

http://caramelbox-kato.blog.so-net.ne.jp/

 

 

 

 

加藤昌史さんが偏差値32で早稲田大学受験を決めた理由!

加藤昌史さんとヨウメイ

 

 

 

 

 

お食事中の方は次の『演劇集団キャラメルボックス』

 

との出会いからお読みください。

 

 

 

 

2016年、ひきこもりならぬ、家に立てこもり中の

 

ヨウメイは前厄を迎えていた。

 

 

 

 

あおーきんから、

 

 

 

「大佐、前厄のときは必ずお祓い行った方がいいですよ。

 

 

そうでないと大変なことになりますよ。」

 

 

 

と教えられていた。

 

 

 

 

厄年。

 

 

 

 

人によっては様々な禍が降りそそぐという。

 

 

 

 

自分がやっていた仕事をとられた人。

 

 

 

 

思わぬケガや病気になる人。

 

 

 

 

そんなことになってはならないと思い、

 

年が明けるとすぐに川崎大師へ厄払いに行ったのであった。

 

 

 

 

しかし、藤原喜明組長のところへインタビューで伺ったときのこと

 

 

道を間違え遅刻をした教訓が活かせずに、

 

 

お祓い時間ギリギリに到着し、申し込みをしたのであった。

 

 

 

 

 

その結果、人が多すぎたこともあり、

 

 

大本堂に入ることができずに

 

 

境内でお祓いを受けたのであった。

 

 

 

 

このことがいけなかった。

 

 

 

 

お祓いは行ってもらったのだが、

 

 

もしかして厄がえていないのではないかと

 

 

思い始めるきっかけとなったのである。

 

 

 

 

それからというもの、お話を伺いたい人に

 

企画書をお送りするが全く通らない。

 

 

 

 

 

そのうち、腕が痛くなる。

 

 

 

 

 

カッターで手を切るなど、ろくなことが起こらない。

 

 

 

 

 

前厄ってこれだけおっかないのに、

 

 

本厄になるとどうなるんだと

 

 

悪いことばかり考えていた。

 

 

 

 

あおーきんに相談すると

 

 

「大佐、命があるだけありがたいと思ってください。

 

 

 前向きに生きていけば大丈夫です。」

 

 

と藤原組長と同じ言葉が返ってきたのであった。

 

 

 

 

 

そして、ある撮影中のときのこと。

 

 

 

 

 

あろう事かお腹が痛くなりだしたのである。

 

 

 

 

 

何故だ。

 

 

 

 

 

撮影の前は食事もしていないし、昼ご飯も食べない。

 

 

 

 

 

それなのにお腹が痛いのである。

 

 

 

 

 

これはヤバい。

 

 

 

 

 

早くトイレに行かなければ

 

 

 

非常にヤバいことになることは直感で分かった。

 

 

 

 

 

慌ててトイレに駆け込むヨウメイ。

 

 

 

 

しかし間イッパツに合わず。

 

 

 

 

 

運がむいてくるどころか別のうんが付いてしまったのであった。

 

 

 

 

う~ん。

 

 

 

 

どうやってこのピンチを乗り越えようかと考えていたとき

 

 

 

 

ポケットで携帯が震えだした。

 

 

 

 

出なくてはいけない。

 

 

 

 

直感でそう思った。

 

 

 

 

この電話だけは絶対に出なくてはならない。

 

 

 

 

でも、出ることができない。

 

 

 

 

これですべてがおわったね〜

 

 

岡村孝子さんの「Believe」が聞こえた気がした。

 

 

 

今の状況を脱出し、現場に戻らなければ

 

職場放棄で全てが終わってしまう。

 

 

 

 

電話に出ることをあきらめ

 

トイレからの脱出を考えるヨウメイであった。

 

 

 

 

ふと「いいこと思いついたっ!」のであった。

 

 

 

 

これなら脱出可能である!!!!

 

 

 

 

 

そして絶対絶命のピンチを切り抜けることが

できたのである。(うそ)

 

 

 

 

 

その日、撮影が終わり、携帯電話にあった着信を

確認をしたのである。

 

 

 

留守番電話にメッセージが残っていたので聞くと、

 

 

 

「演劇集団キャラメルボックスの加藤昌史のインタビューの件で

 

 連絡しました。

 

 また、こちらからご連絡致しますので…」

 

 

 

 

やってしまった。

 

 

 

 

何事においても訪れるチャンスは1回なのである。

 

 

 

 

一度逃してしまうと次はいつやって来るか分からない。

 

 

 

 

 

やはりあのとき出ておけばよかったと後悔する

 

ヨウメイであった…。

 

 

 

 

 

 

 

「演劇集団キャラメルボックス」

 

 

 

劇団結成31周年。

 

 

 

観客動員数260万人を突破!!

 

 

 

演劇界で知らない人はいない超がつく人気の劇団である。

 

 

 

 

 

ヨウメイが演劇集団キャラメルボックスのファンになったのは

10年ほど前のことである。

 

 

 

 

 

女優で脚本家の真柴あずきさん。

 

 

 

当時制作していた番組に先生役でご出演いただいていた。

 

 

 

 

撮影の当日、ヨウメイが組んだ撮影スケジュールが悪かった。

 

 

 

真柴さんが出演されるシーンを先に撮影したことが原因となり

 

 

 

次のシーンの撮影がとんでもないことになってしまったのであった。

 

 

 

 

 

台詞を話している役者さんのシーンがなんと編集でカットを切り換えると、

 

 

明るいはずの背景が不思議なことに暗くなっているのである。

 

 

 

あ〜らビックリである。

 

 

 

 

「お前のスケジュールの組み方が悪いからこんなことが起こるんだ!!!

 頼むから死んでくれ」

 

 

 

といわさんに見放された瞬間であった。

 

 

 

 

 

このことがきっかけで明るいシーンは暗くなる前に撮影することを

学習したヨウメイであった。

 

 

 

 

また、若かりし頃の筒井俊作さん(いまでも充分若い)に

 

ご出演して頂いたときのこと。

 

 

 

 

制作業務そっちのけで小道具のポスト作りに全力を注いでいた。

 

 

 

 

そして筒井さんの出演シーンが終わり、

 

自信を持って制作したポストを撮影する瞬間。

 

 

 

 

ポストのふたが開かないのである!!

 

 

 

 

 

撮影現場で急遽、撤去となったのであった。

 

 

 

 

 

小道具を制作する時はちゃんと上の人に

 

 

確認することを学んだのであった。

 

 

 

 

 

そして極めつけは大森美紀子さんに

 

ご出演していただいたときのことである。

 

 

 

 

 

なんとヨウメイは撮影現場に

 

 

 

行けなかったのであった!!!!

 

 

 

(自慢ではない、本当は這ってでも行きたかった)

 

 

 

 

 

撮影の数日前からどうも体調が良くなかった。

 

 

 

 

それにも関わらず、禁煙であるはずの編集室で

 

 

たかっしーと一緒にたばこを吸っていた。

 

 

 

とうぜん部屋はたばこのケムリいっぱいのもくもく村。

 

 

 

 

打ち合わせの時間がやってきたので、

待ち合わせ場所にヨウメイは出向いたのであった。

 

 

 

 

 

 

その道中、たばこ嫌いで有名なキタさんと

 

 

偶然、遭遇したのであった。

 

 

 

 

普段は全く使っていない頭ではあるが

 

 

この時は何故かピンとくるものがあった。

 

 

 

 

 

キタさん間違いなく編集室に行くに違いない!!

 

 

 

 

 

ということは間違いなく、たばこを吸っている

 

たかっしーとご対面である。

 

 

 

 

 

これは連絡を入れなければならない。

 

 

 

 

すぐにたかっしーに連絡を入れたのであった。

 

 

 

 

「やばいです、キタさんそっちに向かってます。

 

 直ぐに脱出した方がいいです」

 

 

 

 

「わかった」

 

 

 

 

これまでのミスを払拭するファインプレーである。

 

(こんなことでコレまでのミスは決して消えない)

 

 

 

 

しかし、キタさんの到着する時間は

 

わずか10分ほどである。

 

 

 

 

たばこを吸わない方ならもうお分かりであろう。

 

 

 

 

部屋にこもった煙のにおいは10分程度で

 

消えるものではない。

 

 

 

 

そのあと、キタさんが訪れた編集室がどうなったかは

 

恐ろしくて未だに想像できないのである。

 

 

 

 

そんなミラクルセーブを出したにも関わらず、

 

ヨウメイの体調は悪化した。

 

 

 

 

咳が止まらなくなってしまったのであった。

 

 

 

そして撮影前日、大森さんや他の出演者の方々に

 

風邪がうつるといけないからということで

 

家で休めということになり現場に行くメンバーから

 

外されてしまったのであった。

 

 

 

 

確かに、無駄に会社にずっといたので悪い咳はしていたが、

 

決して熱ではないと主張したがそっちの方が

 

もっと悪いと出社も禁止になってしまったのである。

 

 

 

 

体調の管理には気をつけようと学んだ

 

ヨウメイであった。

 

 

 

 

ということもあり大森美紀子さんには

 

お会いすることさえできなかったので

 

お名前が強烈に印象に残ったのであった。

 

 

 

 

失礼なことになるのだが、このとき、

 

真柴あずきさん、大森美紀子さん、筒井俊作さんが

 

演劇集団キャラメルボックスの劇団員であると知ったのは

 

ずっと後になってからである。

 

 

 

 

そして事件は会議室で起こるのではなく、

 

撮影現場で起こったのであった。

 

 

 

 

またしてもヨウメイの段取りが悪く、順調に進んでいた

 

撮影の歯車が途中で狂ったのである。

 

 

 

 

出演者の方の演技がうまく撮影できなかったことと

 

 

それに合わせてヨウメイが準備を間違えたことが

 

 

口火を切ったのであった。

 

 

 

 

いままで穏やかだったキタさんの口調が

 

徐々にキツくなり始めたのであった。

 

 

 

 

 

最初はよかったのだが、空気がピリピリし始め

 

出演者、カメラマンまでが萎縮しはじめた。

 

 

 

 

 

これはまずい!!!

 

 

 

 

出演者も嫌がっているに違いない!!!

(全てはヨウメイが悪いのである)

 

 

 

 

現場は楽しくがモットーである。

 

 

 

 

 

そして、撮影していたシーンが終わり

別のシーンの撮影になったときである。

 

 

 

そのための準備時間が必要になった。

 

 

 

状況は見ていれば分かるはずなのに

 

 

キタさんから

 

 

「早くしろ」

 

 

 

 

 

長いものには巻かれろが心情のヨウメイ。

 

 

いつもは常に人の顔色をうかがいしっぽをふっているのだが

 

このときだけは

 

ない牙で噛み付いたのであった。

 

 

 

 

「そんな言い方しなくていいんじゃないですか!!」

 

 

 

 

「お前の段取りが悪いからこうなってんだろ」

 

 

 

 

怒鳴り合いが現場で始まった瞬間であった!!!!

 

 

 

 

突然、どあほなヨウメイがキタさんに

 

逆らったので固まる出演者の方々!!!!

 

 

 

 

 

罵声が飛び交う中、

 

時間をくれてありがとうとばかりに

 

そしらぬ顔で準備をすすめるカメラマンと照明さん、

 

 そして音声さん。

 

 

 

 

 

「撮影時間がのびている責任お前がとれるのか?」

 

 

 

と胸をつつかれピンチにおちいったとき

 

 

カメラマンがOKと目でサインを送ってくれているのを見て

 

 

ヨウメイは次の撮影準備ができているのを確認した。

 

 

 

 

「次の撮影準備できました!!」

 

 

 

今にもぶっ飛ばされそうであったが

 

現状を把握したキタさんは

 

 

 

「分かった。では、次のシーンはですね」

 

 

 

と出演者の方々に説明を始めた。

 

 

 

 

キタさん気持ちの切り替えが早い。

 

 

 

 

ヨウメイとはその日、一言も会話をかわすことは

 

なかったが撮影は無事!?終わったのであった。

 

 

 

 

 

そしてキタさんとの関係も終わったかにみえた。

 

 

 

 

 

しかし翌日、会社に行くと、

 

 

昨日あれだけ現場でもめたにも関わらず、

 

 

 

「おはよう」

 

 

と声をかけてくれ会話のきっかけを作り出してくれたのであった。

 

 

 

 

なかなかできることではない。

 

 

 

 

本来ならヨウメイから

 

 

 

「昨日のことはすみません」

 

 

 

と謝らなければならないはずである。

 

 

 

 

 

しかし、あの現場でとった行動は悪いとは

 

 

思っていなかったので謝る気もなかった。

 

 

 

 

当時のヨウメイには

 

キタさんのようにすぐに気持ちを切り替えることは

 

決してできないことなのであった。

 

 

 

 

 

そんなもめにもめたキタさんが

 

 

こともあろうか仕事の休みをとってまで

 

 

演劇を観に行ったという情報を

 

 

ヨウメイはキャッチしたのであった。

 

 

 

 

それも大森美紀子さんからお誘いを受けて!!!

 

 

 

うらやましい。

 

 

 

 

大森さんがご出演されている舞台である。

 

 

 

 

 

 

その観に行った舞台が

 

演劇集団キャラメルボックスの公演であったことを知ったのである。

 

 

 

 

 

なぜ、ヨウメイに声がかからない。

 

 

 

 

当たり前である。

 

 

 

 

「お前、演劇に興味ないだろ」

 

 

 

 

撮影現場でもめるような輩にチケットを回してくれるような、

 

 

いわさんではないのである。

 

 

 

 

しかし、そんないわさんが

 

 

演劇を観に連れて行ってくれたのであった。

 

 

 

 

「出演者が初舞台に出るので一緒にいくか?」

 

 

 

ということで

 

 

「お花を買ってこい」

 

 

 

とヨウメイにミッションを与えてくれたのであった。

 

 

 

 

 

そうか、演劇を観に行く時はお花を贈るんだということを

 

 

このとき学んだのであった。

 

 

 

 

 

そして仕事を始めてから観た初めての舞台。

 

 

 

 

驚かされた。 

 

 

 

 

なんと、主役の方よりも、脇役で出演されていた

 

名前も知らなかった女優さんの声に

 

魅了されたのであった。

 

 

 

 

演技もさることながらその方の声がマイクを付けていないのに

 

通ること。

 

 

 

言い方が悪いかもしれないが、

 

主役の方を完全にくってしまい、

 

どちらが主役か観劇の途中で分らなくなるほどで

 

あったのである。

 

 

 

 

 

 

思い起こせば小学生の頃、演劇をやるというので

 

ヨウメイから進んで出演し、

 

与えられた台詞を棒読みでしゃべった記憶がある。

 

 

しかし、しゃべったつもりではあったが、

 

鼻から息がもれていたみたいで、

 

声がおかしかったみたいである。 

 

 

 

上演後、皆にマネをされてからというもの、

 

ヨウメイの声って人が聞き取れない程悪いんだと

 

思い自分の声を聞くのも嫌なほど大嫌いになったのであった。

 

 

 

そして、お芝居も嫌いになったのであった。

 

 

 

 

しかし、プロの役者さんが作る舞台を観て

 

演劇って面白いんだということを知ったのであった。

 

 

 

 

 

このことがきっかけになり、

 

それならキタさんが観に行った

 

演劇集団キャラメルボックスの舞台を

 

観に行こうと決めたのであった。

 

 

 

 

そして、サンシャイン劇場で行われている公演を

 

仕事の合間をぬってというかサボって

 

観に行ったのである。

 

 

 

『きみがいた時間 ぼくのいく時間』

 

 

 

 

手に入れたチケットは当日券。

 

 

 

 

6300円、松席であった。

(チケットの半券は今も持っている)

 

 

 

なんと案内された席は

 

出演者の顔が見えるほど近くの席であった。

 

 

 

 

当日券で、こんなにいいところに

 

座らせてもらえるなんて、何て運がいいんだと

 

当日券に味を占めたのであった。

 

 

 

 

そして幕が開く前に舞台上で誰かがしゃべっている。

 

 

 

 

 

その上、スピーチの内容がとても面白いことを言っている。

 

 

 

 

この時のヨウメイはまさか加藤昌史さんが

 

前説でしゃべっているとは知る由もない。

 

 

 

 

加藤さん本当にスミマセン。

 

 

 

 

 

そして、幕が上がると上川隆也さんが登場された。

 

 

 

 

 

演技がうまい!!!!

 

 

 

 

一瞬で上川さんの演技に魅了されたのであった。

 

 

 

 

 

すると、あれ、ショップの店員役で観た方が

 

 

 

「どげんですかい」

 

 

とステージ上で言っている。

 

 

 

 

筒井俊作さんであった。

 

 

 

 

この時まで筒井さんが演劇集団キャラメルボックスの役者さんであるとは

全く存じあげておりませんでした。 

 

 

 

 

申し訳ありません。

 

 

 

 

大森美紀子さんもいらっしゃる!?

 

 

 

 

西川浩幸さん!?

 

 

 

 

皆さん演技がうまいのは当たり前なのだが、

 

このとき一番衝撃を受けたのはダンスである。

 

 

 

 

 

音楽に合わせて全員の振り付けがそろっている。

 

 

 

 

カッコいい。

 

 

 

 

音痴で、リズムが取れない。

 

その上どんくさい。

 

 

 

ヨウメイはステージで繰り広げられたダンスを観て

 

なぜか分からないが元気が出たのであった。

 

 

 

 

 

そして、クライマックス。

 

 

 

 

 

上川隆也さんの演技を観て泣いてしまったのである。

 

 

 

ロマンチックではなく

 

涙がとまらなくなってしまったのであった。

 

 

 

 

 

なんて面白くて人を感動させる劇団があるんだ!!!!

 

 

 

 

 

これはきっとこれまでの作品も面白いに違いない。

 

 

 

 

 

直ぐにDVDを買いに行ったのである。

 

 

 

 

むむ、以外と高いぞ。

 

 

 

買うべきが、買わざるベキか?

 

 

 

 

決断に迫られるが、上川さんが出演されているし

 

とりあえず買っちゃえーということで

 

購入した作品が「さようならノーチラス号」である。

 

 

 

 

 

そして新たな出会いが訪れたのであった。

 

 

 

 

 

近江谷太郎さん。

 

 

 

 

上川さんとのやりとりがおもしろすぎて、

 

何処までが成井豊さんの演出でどこからがアドリブなのか

 

わからない。

 

 

 

 

それからというものDVDを購入するたびに

 

演劇集団キャラメルボックスで知らなかった

 

役者さんに出会うことができたのであった。

 

 

 

 

そして、DVDのエンドクレジットには必ず

 

製作総指揮 加藤昌史と表記されているのを

 

目にしていたのであった。

 

(DVDでは2%ほどしか演劇の面白さが伝わらないから劇場で!

 

 とあるがDVDでも泣いちゃいます。

 

 特に『きみがいた時間 ぼくがいく時間』)

 

 

 

 

それからというもの、ハーフプライスチケットという

 

当日券が半額で買えると知りますます味をしめ

 

劇場に足を運ぶようになって行ったのである。

 

 

 

 

本当にすみません。前売り券購入せずに。

 

 

 

1人分のチケット料金で

 

2人一緒に観れてしまうのでずっとそうしてました。

 

 

 

 

そして、ヨウメイにとって別の意味で衝撃が走ったのであった。

 

 

 

 

演劇集団キャラメルボックスが解散!?

 

 

 

 

東日本大震災の後である。

 

 

 

 

 

え、なんで!?

 

 

 

 

 

お客さんいっぱい入っているし、どうして!?

 

 

 

解散する必要があるのか全く分からなかったのである。

 

 

 

 

つまり、この時は加藤さんの書籍を

 

 

全く読んでいなかったので

 

 

どうして解散しなければならないのか分からなかった。

 

 

 

 

そして解散危機を乗り越えて

 

 

劇団存続が決まった時は胸を撫で下ろしたのであった。

 

 

 

 

しかし、上川さんと近江谷さんが共演した

 

 

「サンタクロースが歌ってくれた」は仕事に忙殺され

 

 

劇場で観ることができなかった。

 

 

一番劇場で観たかった舞台が観れなかったのである。

 

(DVDが発売されると同時に購入し、

 

 おもしろすぎて大爆笑してしまいました)

 

 

 

 

 

 

この仕事がきっかけとなり

 

ヨウメイは貯金が尽きるまで

 

家にたてこもるのである。

 

 

 

 

 

第一次立てこもり期である。

 

 

 

 

 

その時期に誰かから聞いたことがあった。

 

 

 

 

「演劇集団キャラメルボックスの加藤昌史さんは

 

 

 演劇界のためにいろいろな手法を公開してるよ。

 

 

 いろいろ劇団の為になること教えてくれてるよ。」

 

 

といううわさ話を聞き、

 

記憶力が悪いヨウメイのアタマに

 

加藤昌史さんてスゴイ方なんだと

 

インプットされた瞬間である。

 

 

 

 

 

それからも心が折れたとき、必ずといっていい程

 

ハーフプライスチケットを手にいれて

 

舞台を観に行っていた。

 

 

 

 

ハーフタイムシアターだとわずか2000円ほどで

 

幸せな気分になれてしまう上に、

 

立てこもりにはとってもリーズナボーなのである。

 

 

 

 

 

そして心が折れている時に

 

演劇集団キャラメルボックスのダンスを観ると

 

なぜか分からないが元気が出るからである。

 

 

 

 

そんな偉そうなことは言っていますが

 

ひとつ謝らなければならないことが。

 

 

 

 

第三舞台が復活した瞬間、

 

劇場にいって観劇し魅力にハマってしまいました!!

 

 

 

 

 

 

そして時は流れて第3次立てこもり期。

 

 

 

 

次にお話を聞く人を探していた時に

 

加藤昌史さんにご出演のオファーを出すかどうかを

 

半年以上も悩んでいたのである。

 

 

 

 

立場が「月とキャベツ」ほど離れている。

 

 

 

製作総指揮立てこもりである。

 

 

 

 

 

これは出演のオファーを出しても

 

絶対に断られるに違いない。

 

 

 

 

でも、依頼を出さずにあきらめるか、

 

依頼を出して断られてあきらめるかである。

 

 

 

 

答えはひとつである。

 

依頼を出してダメだったらあきらめるのである。

 

 

 

 

そう決まれば、本を読んで加藤昌史さんのことを

 

知らなければならない。

 

 

 

 

まずは「拍手という花束のために」を取り寄せた。

 

 

 

 

ページを開いてビックリである。

 

 

 

読者への質問から文章が始まる。

 

 

 

あらすじから笑いの要素が満載である。

 

 

 

加藤昌史さんきっとお話も面白いに違いない

 

とヨウメイは思った。

 

 

 

 

そして、書かれていることに関して

 

嘘がないのであった。

 

 

 

 

これまで演劇集団キャラメルボックスが

 

歩んできたことが全て公開されていたのであった。

 

 

 

 

 

そして次に取り寄せたのが、

 

「いいこと思いついたっ!」である。

 

 

 

 

こちらには、加藤さんの人生の半分以上が

 

つづられていた。

 

 

 

 

本の最初から読まず、後半から読み始めたのが

 

後でヨウメイを追い込むのであった。

 

 

 

 

最初から読んでいれば加藤昌史さんの思いが

 

分かったのだが、キモとなるところを

 

一番最後に読むことになったのである。

 

 

 

 

結果的にはそれがよかったのだが。

 

 

 

 

それに気づいたのはインタビューの数日前である。

 

 

 

 

「いいこと思いついたっ!」は読みかけではあったが

 

ご出演依頼を加藤昌史さんに送ることにした。

 

 

 

 

なぜなら後半だけ読んでも、

加藤さんが早稲田大学に受かるまでの過程が面白すぎる。

 

 

 

 

とてもオモシロイお話が聞けるに違いない。

 

そう思い込んでのことである。

 

 

 

 

しかし、お返事は返って来ない。

 

当たり前である。

 

 

 

演劇集団キャラメルボックスの

 

公演期間中だったのである。

 

 

 

 

公演期間中はスタッフ全員で

 

劇場でお客さんを迎えられているのは

 

本を拝見し知っていた。

 

 

 

 

そのためにお返事が返って来ないのだと

 

ひたすら思い続けた。

 

 

 

 

今年は前厄ということもあり

 

ヨウメイの運が悪いのであれば、運を向ければいいだけである

 

その為に向かうところはひとつである。

 

 

 

 

シェルパ齋藤さんのところであった。

 

 

 

第2次立てこもり期にお伺いしてからというもの

 

伺うとなぜか分からないが運が向いて来るのである。

 

 

 

 

勝手にヨウメイが思っているだけではあるのだが。

 

 

 

 

今回もシェルパ齋藤さんのところを訪れた直後に

 

何と電話がかかって来たのであった。

 

(電話に出ることはできなかったが)

 

 

 

 

運がいい、悪いは

 

ただの思い込みかもしれないのである。

 

 

 

信じればそうなるだけなのかもしれない。

 

 

 

 

後日、電話をかけ直すとなんと、

 

「加藤昌史のインタビューお受けします」

 

とお返事が頂けたのであった。

 

 

 

 

しかし、このときはまだ、

 

「いいこと思いついたっ!」

 

は全て読み切れていない。

 

 

 

 

つまり、インタビューの構成が全く

 

作れていないのであった。

 

 

 

 

これはヤバい。 

 

加藤昌史さんの折れない心を支えている

 

ものが何なのかがつかめていないのである。

 

 

 

 

そして加藤さんのことを

 

更に知る為「人前に出る仕事の人へ。」と

 

「キャラメルボックス展覧会」も平行して

 

読み進めたのであった。

 

 

 

 

そし結果、加藤昌史さんの人物が

 

分からなくなってしまったのであった。

 

 

 

 

人前に出る時は身だしなみが大事と

 

おっしゃているわりには

 

スタッフの面接の時にはジーパンとシャツという

 

ラフな格好で面接されている。

 

 

 

 

はたまた、人は見た目が大事で、会った瞬間に、

 

合う人、合わない人が分かりますという

 

一文を読んでヨウメイの心は

 

折れそうになったのであった。

 

 

 

 

確かにそうである。

 

 

 

インタビューに伺っても

 

お話してくださるかどうかを考えてしまい

 

不安のどん底に突き落とされたのであった。

 

 

 

 

読み進めるたびにザクザク加藤さんの

 

言葉がつきささり、

 

アタマの中がパニックになるヨウメイであった。

 

 

 

 

しかし、「逃げちゃダメだ」「逃げちゃダメだ」と

 

碇シンジくんの言葉を思い返し、

 

「いいこと思いついたっ!」を読み進めていくと

 

コレまで分からなかったことが

 

段々と分かり始めてきた。

 

 

 

劇団の事務所に泥棒が入り現金が盗まれても

 

前向きに考えられる加藤さん。

 

 

 

 

いいこと思いついたっ!とアイデアを出し、

 

新聞折り込み広告の機械をヒントに

 

演劇の折り込みチラシの代行を行う

 

ネビュラプロジェクトの立ち上げ。

 

 

 

 

ご自身の失敗の数々。

 

 

 

そして、加藤昌史さんがどんなことがあっても

 

逃げずに立ち向かわれている理由を最後の最後で

 

ヨウメイは見つけたのであった。

 

 

 

 

読み終えたとき、これ以上の答えはないなと

 

思ってしまった。

 

 

 

 

これまでずっとお伺いしたかったことが

 

本に全て書かれていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

そして、インタビュー場所となった

 

演劇集団キャラメルボックスの事務所の会議室。

 

 

 

 

「♪チャチャッチャー〜

 

 この動き 知ってます? 

 

 第三舞台の『朝日のような夕日をつれて』の

 

 振り付けなんですよ」

 

 

 

 

笑顔の加藤昌史さんが出迎えて下さったのであった。

 

 

 

 

 

 

配信はこちらから                                                                   ※音声に一切加工はかかっておりません。

アンドロイド用

加藤昌史さん_偏差値32から早稲田大学に合格するまで 60分

加藤昌史さん_早稲田大学に合格して思っていたこと 21分

加藤昌史さん_演劇集団キャラメルボックスを結成するまで  69分  

加藤昌史さん_演劇集団キャラメルボックスを結成してから 38分

i-phone用

加藤昌史さん_偏差値32から早稲田大学に合格するまで 60分   

加藤昌史さん_早稲田大学に合格して思っていたこと 21分

加藤昌史さん_演劇集団キャラメルボックスを結成するまで  69分  

加藤昌史さん_演劇集団キャラメルボックスを結成してから 38分

21人目のゲストは丹下紘希さん。

配信はこちらから

スマートフォン用 

丹下紘希さん_前編 57分

丹下紘希さん_中編 48分

丹下紘希さん_後編 41分

i-phone用

丹下紘希さん_前編 57分

丹下紘希さん_中編 48分

丹下紘希さん_後編 41分

19人目のゲストは学生団体ivote 5代目代表、齊藤駿也 さん。 

17人目のゲストは映画監督の平野勝之さん。 

今後のゲスト予定

石川睦美さん(くるめアパートメント)

これからも魅力的な人にお話を聞いてきます!

1人目のゲスト 加藤 鷹さん

Profile

加藤 鷹(かとう たか)

1959年5月1日生まれ。

秋田県出身。秋田商業高校卒。

高校卒業後、日立に入社。

 

営業職での能力が高く評価され、

ヘッドハンティングされビューホテルに転職。

将来が約束されていたにも関わらず退職。

 

28歳の時、秋田から上京。

             

1988年、AV男優としてデビュー。秘技「ゴールドフィンガー」を編み出し、

26年間アダルトビデオ業界で活躍する。出演したアダルトビデオは10000本を優に超え、

共演した女優は8000人にも及ぶ。

しかし、2013年、惜しまれつつもAV男優を卒業!

現在はタレント活動以外にも書籍を執筆やプロデューサーとして活躍中。

無類の車好き。子供のころには交通量を調査し車のナンバープレートを記録するほど。

これまでに車にかけた費用は1億円!

2人目のゲスト 大原研二さん

Profile

大原 研二(おおはら けんじ)

 

1975年5月18日生まれ。福島県出身。

 

大学卒業後に演劇に目覚め小劇場を中心に役者としての活動を開始。

役者、脚本家、演出など多方面で活躍。

 

 

北野武監督「アウトレイジ」に加瀬亮さん演じる大友組 石原の舎弟役として出演。

流暢な英語でのセリフをしゃべり、顔に似あわぬ存在感ある役を好演する。

 

現在は演劇界の直木賞「岸田戯曲賞」をとるであろうと言われている

天才演出家、谷賢一さんの率いる劇団「DULL-COLORED POP」の看板役者。

 

一方、「図書館戦争」や「阪急電車」などを執筆されている

有川浩さんの主宰する演劇ユニット「スカイロケット」にも

客演として第一回公演の「旅猫リポート」に出演。

 

有川浩さんの書籍「シアター」「シアター2」に登場する劇団「シアターフラッグ」の役者、

黒川、泰泉寺のモデルは自分かなと思っている。

 

NHKラジオでのラジオドラマ「旅猫リポート」への出演も決まり、今、注目の役者の一人である。

 

http://www.oharakenji.com/

 

 

NHK オーディオドラマ 青春アドベンチャー
『旅猫リポート』(全10回)
原作・有川浩
2014
331日(月)〜44日(金)午後1045分〜午後11時(1
5回)
2014
47日   (月)〜411日(金)午後1045分〜午後11時(6
10回)
NHK
 FMにて
詳しくは
http://www.nhk.or.jp/audio/

 

 

 【出演情報】

 

DULL-COLORED POP 14回本公演

 

 『河童』

 

作・演出: 谷賢一

原案: 芥川龍之介

 

2014/7/18(金)〜7/27(日) @吉祥寺シアター

 

DULL-COLORED POP ホームページ 

 

http://www.dcpop.org/

 

 

 

3人目のゲスト ろびんそんさん

Profile

多摩川のロビンソンクルソー ろびんそん(仮名)

 


1940年6月10日生まれ。秋田県出身。

某コンピューター会社勤務。しかしが会社が不渡りを出す。

その時に意を決しコンピューター会社を退社。

ふらふらした後、廃品回収業に携わる。

 

当時生活していたところが立て壊しになるため次の住居として選んだのが

多摩川の河川敷。

川の氾濫やブルドーザーで家が2回も破壊される。

それにもめげず廃材で家を建て現在に至る。

 

数種類の野菜や果物を植え、自給自足の生活を営み

電気は発電機を使用し自家発電。

 

家の中にはテレビや電子レンジなど電化製品が多数あり何不自由のない生活を送る。

水は天水(雨水)を飲用し、ご本人曰く、水道水より体にいい純水を飲んでいるとのこと。

  

 

動物の世話も好きで猫やはとを飼っている。ろびんそんさんも動物の世話をするが

ご近所の主婦の方もえさをやりにくるほど地域の人々との交流も盛んに行っている。

 

タケノコが生える季節やびわなどの果物がなると住民の方々にお裾分けするほどやさしくて人がいい。

 

坂口恭平氏の著書「ゼロから始める都市型狩猟生活」にも登場するカリスマ0円生活者!

 

 

4人目のゲスト 月花さん

PROFILE

月花(Tsukika)

 

 

12月21日生まれ。福岡県出身。O型。

 

博多に住んでいたころにスカウトされ女王様になる。

その時に出会ったお客さんの数は1万人を超える。

 

98年、女王様を引退。 

 

 

 

女王様の時から人が集まれる場所を作りたいという思いがあり、渋谷でバーを経営。

 

最初は赤字経営であったがやがて20歳~80歳までの幅広い客層に支持され黒字経営に。

 

お金を儲けることよりも人との出会いを大切にし、常に人から学ぶ姿勢を持つ。

多くの人と出会ってきた経験から人の洞察力に長けている。

 

最近では、映画やドラマなど、役者の演技指導を頼まれ、多忙な日々を過ごす。

園子温監督の「愛のむきだし」では、出演とキャスティングに両方に携わる。

 

映像作家、監督、タレント、舞台プロデュース、マンガ原作など多才な顔を持つを

マルチクリエイター。

 

ファンからの呼び名は「残虐天使」。

 

 

月花さんHP

 

http://www.tsukika.org/

 

 

 

 NOTTV
『女王様のおもてなし』好評配信中

 

 

5人目のゲスト ドクタークラレさん

PROFILE

ドクタークラレ

4月1日生まれ。 京都府出身。

 

 

血液型B型。

 

 

 

爆笑秘密結社「薬理凶室」の室長。

 

 

通巻15万部以上のベストセラー理系書

『図解アリエナイ理科ノ教科書』(略称:ア理科)シリーズを執筆。

 

 

 

 

2000年に担当したサブカル雑誌「危険な28号」は

国内の18都道府県から有害指定図書という伝説を生み廃刊に。

 

 

生物化学分野の才能に突出しており、特殊な事件での捜査協力、

またドラマやイベントなどの監修企画にも携わる。

 

 

 

 

クラレ先生は本人は「自分は凡人」と否定されるのだが、

 研究対象が見つかると理解できるまで研究。

 

 

最終的には人に説明できるまで理解している本当の天才!

 

 

 

尊敬する人はボヤッキーとマシリト博士と岸和田博士とノヴァ教授。

 

 

 

 

格闘ゲーム(現在は『ギルティギアXrd』『USF4』)と

漫画が好き(最近のだと『愛気』、『地獄のアリス』、『フランケンふらん』等)。

 

 

 

近日、マイナビニュースの食品連載とビジネスジャーナルの薬局商品選びの連載が単行本化が予定。

さらに続々と執筆中らしい。

 

 

 

本人のWEBサイト http://www.cl20.jp/R/

 

 

 

6人目のゲストはローリング内沢さん

Profile

ローリング内沢(Rolling Uchizawa)

1970年生まれ。 44歳 東京都出身。

 

ライター、編集者、コラムニスト、ゲーム批評家。

 

ゲーム情報誌「週刊ファミ通」の編集者を経て、

2000年4月よりフリーのライターとして活動。

 

好きなゲーム 『フォールアウト」 「バトルフィールド」など。 

 

ゲームの腕前は神様級ではないが、

誰にも負けないほどゲームを愛している。

 

 

そして何よりも、ゲームのおもしろい、おもしろくないに関しては、

人によってぶれない強い信念を持っている。

 

好きな音楽はクラブミュージック。

隔月に一度のクラブイベント「ATTACK OF THE MIRROR DISCO」ではDJを努める。

 

ライターの講師やクラブイベントのプロデューサーとしても活躍中!

7人目のゲストは中野昭慶監督

Profile

中野 昭慶 (なかの てるよし) 

1935年10月9日 生まれ

 

満州安東県出身。

 

日本を代表する特技監督。

 

代表作

「日本沈没」「ゴジラ(1984)」

「メカゴジラの逆襲」など

 




少年時代、日本の敗戦とともに飛び交う銃弾の中をくぐり抜け、

福岡県博多に引き揚げてくる。


 

日本大学を卒業後、東宝砧撮影所に入社。


 

「ウルトラマン」「ゴジラシリーズ」などを手がけた

日本の特殊撮影技術の神様、円谷英二氏に師事する。



東宝の3代目の特技監督に就任する。



「爆破の中野」と呼ばれるほど、大量の火薬を使用した映像は必見である。


特技監督として数々の撮影手法をあみだし日本の映画界に多大な影響を与え


多くの人々を魅了し続ける未だ現役の映画監督。



著書 「特技監督 中野昭慶」 発売中!

8人目のゲストは月詠真夜さん

Profile

月詠真夜(つくよみ しんや)

1216日生まれ


東京在住デザイナー兼イラストレーター

 


某有名私立大学理系を卒業した

何故か全く違業種に


デザイン業を営みつつも電子回路設計、トレーナーなど面白いと思えば

何でもやってしま気質が災いしてかスペシャリストといよりもゼネラリスト気味で

裏方で何かしていることが多い

 

ゲームと映画アニメ漫画音楽をこよなく愛する

炭酸飲料とお酒がないと生きていけない

 

漫画やアニメを科学的に考証することが生きがい一つ




漫画ベスト3(最近):「ドリフターズ」(人生捨てがまり)血界戦線」(技名を叫んでから殴る)

            「巨悪学園」(つまり死)

アニメベスト3:「銀河英雄伝説」(永遠名作主に声優陣が) 

         「コクピット」(これで軍事好きに)

         「鬼灯冷徹」(最近一押し)

ゲームベスト3:「ストリートファイターⅢ 3rd」(墓まで持って行く)

         「アンチャーテッドシリーズ」(神様サンキュー)

         「フロムソフトェアゲーム」(脳がコジマ粒子に汚染されてる)





お仕事の依頼は月詠さんのホームページから

http://www.tragicmoon.com/


 

9人目のゲストはシェルパ斉藤さん

Profile

シェルパ斉藤 (しぇるぱさいとう)

1961325日生まれ

 

長野県出身

 

バックパッカー、紀行作家、


いろんな手段で地球を旅する自由型の旅人。



現在は山梨県の八ヶ岳山麓で田舎暮らしを楽しみつつ、

国内外の旅に明け暮れる。



カフェTeam Sherpaのオーナー。



素敵な自作のログハウスに在住。


 

野営道具を背負って地球を歩いて旅するバックパッカーで

耕うん機の旅や犬と一緒にヒッチハイクの旅など

他に人がやらない旅を行っている。



 

小学館のアウトドア雑誌「ビーパル」で好評連載中の人気作家。

 

 


著書

『シェルパ斉藤の行きあたりばっ旅』

『耕うん機オンザロード』

『犬連れバックパッカー:シェルパ斉藤と愛犬ニホの旅物語』など著書多数

 

 

ホームページ http://www.eps4.comlink.ne.jp/~sherpa/

10人目のゲストはバルーンパフォーマーの風船太郎さん

Profile

風船太郎(ふうせん たろう)

1968713日生まれ。

 

岐阜県出身。

 

大道芸人 バルーンパフォーマー。

 

静岡大学工学部機械工学科に進学。

在学中にワーキング・ホリデーでカナダへ。

 

旅行中にジャグリンと出会う。

 

 

大学を卒業後、大手建設機器メーカーに就職するも、

社長になる夢を持ち転職。

 

 

2005年に有限会社風船太郎を設立。

 

バルーンパフォーマーとして愛車の風船太郎号で

 全国の保育園や幼稚園をまわる。

 

 

風船を使い、一瞬で子供たちの心をつかみ笑顔にするパフォーマンスは

泣いてる子供を一瞬で泣き止ませるタケモトピアノCM以上。

 

 

数ヶ月先まで予約で埋まっている

日本一多忙なバルーンパフォーマー。

 

 

バルーンショーの予約は

 風船太郎さんのホームページから

 

http://www.2000taro.com/


11人目のゲストは声優・ナレーターの岡崎弥生さん

Profile

岡崎 弥生(おかざき やよい)

3月28日生まれ

 

和歌山県出身

 

 

声優・ナレーター・MCとして、イベント、

コンサート、テレビ・CMで活躍中。

 

 

 


大学を卒業し、中学・高校英語教員免許状を取得し中学の講師を務める。

子供たちから多くの愛情を頂き、教えるためにはもっと英語力が必要と感じ

通訳学校へ入学し英語を学び直す。

 

 

そして週一回、方言を直すためアナウンス学校へ通う。

 

 

しかし生活苦が引金になるが、しゃべるのが苦手なのにも関わらず、

アナウンスの世界へ入りお仕事を受ける。

 

 

そして、紆余曲折あったものの様々な方面で声優・ナレーターとして活躍中!!

 

どんくさいと本人は言っているが

高校のときソフトテニスで県2位に入賞するほど

スポーツは万能。ゴルフも相当の上前?!(プロを目指さないかと誘われるほど)

 

 

才能はないがそれを知っているので

何事も専念し努力することが心情。

 

 

学生時代専念して学んだ英語は、通訳者を目指したことも・・・。

 

ソフトで響く声で子供から大人までの役をこなす。

 

好きなアニメのキャラクターは峰 不二子。

 

そして、岡崎さんにはある秘密が…

12人目のゲストはプロレスラーの藤原喜明組長。

Profile

  藤原喜明 (ふじわら よしあき)

1949年 4月27日生まれ

 

岩手県出身。

 

 

プロレスラー。

 

 

学校法人日本医科学総合学院理事長。

 

 

 

俳優、声優、タレント、エッセイストとしても活躍中。

 

 

陶芸、盆栽、イラスト等の特技も多彩。

 

 

高校卒業後、サラリーマンや板前を経て

23歳で新日本プロレスに入門。

 

 

1972年、藤波辰巳選手との試合でプロレスデビュー。

 

 

カール・ゴッチ氏に師事し、関節技をはじめとする技術を学ぶ。

 

 サブミッションレスリングに傾倒し、

その実力者ぶりから「関節技の鬼」としても知られる。

 

 

藤原組長の門下生はプロレス界に多数存在。

 

 

2007年、胃がんが見つかる。

手術に望むも、手術前の麻酔には打ち勝てず、一本負けをきっする。

 

 

しかし、ガンと闘う手術においては

無敵の肉体を誇る藤原組長が勝利。

 

 

 

出演したテレビ番組、映画、Vシネマは多数。

藤原組長が出演された役の台詞は体に刻みこまれ、

いつでも演じられるほど。

 

 

 

人気テレビゲーム「龍が如く」シリーズでは伝説の情報屋

「サイの花屋」役としてレギュラー出演中。

 

 

テレビドラマ 

毛利元就(1997年 NHK大河ドラマ) 村上虎吉役

 

クロヒョウ2 龍が如く 阿修羅編(2012年、毎日放送) -サイの花屋

 

孤独のグルメ Season4  10話(2014年、テレビ東京)-主人 役 

 

 

映画     

 

御法度(1999年)

       

修羅がゆく(1995 - 2000年)

                 関西光和会会長・大門重雄 役  など出演作多数

 

 

 

著書     

 

復刻 幻の藤原ノート「ゴッチ教室」の神髄(200912 講談社)

 

覚悟ー人生60年、覚悟が生死をわけた!ー(20103 ビジネス社) 

                          など著書多数

 

13人目のゲストはお笑い芸人のホーキング青山さん。

Profile

ホーキング青山 (ほーきんぐあおやま)

1973127日生まれ

 


お笑い芸人、作家、俳優。



『訪問介護事業所ENJOY』オーナー。

 

先天性多発性関節拘縮症のため、

生まれたときから両手両足が使えない。

 


高校生の時から電動車いすで南野 陽子さんや

プロレスラー・天龍 源一郎選手の追っかけになる。


 

また立川 談志さんや高田 文夫さんのお笑いライブに通いつめるほどのお笑い好き。



 

中学、高校時代に 『ビートたけし